あなたのお気に召すままに


「よし」
 僕は意を決して玄関へと向かう。
 そして、葵君の靴を咥えた。
「うっ、重たい……」
 葵君のスニーカーは想像以上に重くて、持ち上げることができない。仕方がないからズリズリと引きずって廊下を移動する。
「もう少しだ」
 そこは、廊下の隅にある千歳さんも知らない僕の秘密基地。
 取っておいたお菓子や、お気に入りのぬいぐるみが隠してある。
 そこに、葵君の靴を押し込んだ。
「よし、もう片方」
 僕はヨロヨロしながら、再び玄関へと向かった。


 何とか間に合った。
 僕はリビングに倒れ込む。
 葵君の靴を隠し終わった時には、もうすぐ千歳さんの誕生日になろうとしていた。


「じゃあ、成宮先生……俺帰ります」
「あ、うん」


 リュックサックを背負った葵君が、玄関に向かう。それを、千歳さんが寂しそうな顔で見送っていた。


「帰りたくない」
「帰らないで」


 素直になれない二人の気持ちが、交差した瞬間だった。


「あれ? 靴がない。成宮先生、俺の靴知らないですか?」
「はぁ? お前の靴なんて知らねぇよ」
「でも、ないんです」
「どこ行ったんだ?」


 玄関から二人のそんなやり取りが聞こえてくる。
 ほら、頑張って。僕がここまでお膳立てをしたんだから。
 もうすぐ千歳さんのお誕生日……お互いが素直になれれば、きっと素敵なお誕生日になるはずだよ。


「なぁ、水瀬」
「なんですか?」


 そうだ、千歳さん頑張って!!


「水瀬……お願いがあるんだけど」
「え?お願い?」
 

 頑張って……。


「もうすぐ俺の誕生日だから、このまま一緒にいてくれねぇか?」
「成宮先生……」
「俺、水瀬と一緒に誕生日を迎えたい」


 千歳さんは、今にも泣き出しそうな顔で葵君を見つめた。本当に誰かを好きになったことがほとんどない千歳さんは、とても不安そうな顔をしている。
 こんな千歳さんの表情、初めて見た。
 きっと今は、怖くて仕方ないんだと思う。
 でも良く頑張ったね。
 次は葵君の番だよ。


「でも、俺……誕生日プレゼント用意してないし……」
「そんなんいらねぇ。水瀬が一緒にいてくれるなら」
「成宮先生……」
「お願い。水瀬……一緒にいて」


 僕の胸が熱くなる。
 あんなに必死になって食い下がっている千歳さん。
 どんどん変わっていく千歳さんが、眩しくて仕方ない。
 だから、葵君。君も頑張って。


「プレゼントがないから……」
 今度は葵君が顔を赤らめながら、千歳さんを見上げた。
 その顔は苺みたいにどんどん真っ赤になって行く。でも、そんな顔も凄く可愛かった。
「プレゼントがないから、成宮先生に俺をあげてもいいですか?」
「え? それってどういうこと?」
「俺を、成宮先生の恋人にしてってことです!」
 葵君が千歳さんにギュッと抱きつけば、成宮先生も震える手で葵君を抱き締め返した。


 あ、0時になった。


「誕生日おめでとうございます、成宮先生」
「ありがとう。ヤバい、めちゃくちゃいい誕生日になったわ」


 そのまま二人はそっと口付けを交わす。
「水瀬、ありがとう。マジで好きだ」
「へへっ。俺も成宮先生が好きです」
 もう一度優しく唇が重なって、チュッチュッとそのキスに熱が籠り始めた。
「あ、んん……成宮先生……」
「水瀬、水瀬……めちゃくちゃ可愛い……」
 二人の呼吸がどんどん荒くなる。


 千歳さんは葵君を壁に押し付けて、貪るようにキスを交わす。
 葵君の口の中に千歳さんが舌を忍ばせて、お互いが舌を絡め合って。
 千歳さんの長くて細い指が、葵君の洋服の中に滑り込んで行く……。
「ん……ッ……あっ……」
「水瀬……」


 駄目だ、あまりにも刺激が強過ぎる。
 ついさっきまで上司と部下だった二人の、あまりの豹変ぶりに僕はフラフラになりながらリビングへ戻る。
 その後、ドタドタと廊下を走る慌ただしい足音と、寝室の扉が勢い良く閉まる音が聞こえてきたけど……お利口さんの僕は、気付かないフリを決め込んだ。


 でも僕は、きっと世界で一番素敵なプレゼントを千歳さんにあげられたと思ってる。
 Happy birthday。千歳さん。
 そして、末永く、お幸せに……。


🐾 🐾 🐾


「こら、ライ! 二人を見張ってろって言っただろうが!」
「はい?」
 数日後、僕を迎えに来た智彰君が僕を睨みつける。


 え? だって、僕頑張りましたよ?


 智彰君の視線の先には、幸せそうに体を寄せ合う千歳さんと葵君の姿。
 見張ってろってどういうこと?
 こういうことじゃないの?
 良くわならないけど怒られた僕は、耳とシッポを垂れた。
 僕、何か間違えたのかな……。


「もういい、帰るぞライ」
 何だか怒ったような智彰君に連れられて、僕は千歳さんの家を後にする。
 智彰君の頬を涙が伝っていたから、ペロッとそれを舐めた。しょっぱい……僕まで泣きたくなる。


 何で智彰君が泣いていたかわからなかったから、智彰君がお土産に買ってきてくれたジャーキーを分けてあげようって、僕は思った。