あなたのお気に召すままに


「んー、ねぇライさん。どう思う?」


 僕に話しかけてくるのは、僕のご主人様のお友達、葵君。
 フワフワの髪がモジャモジャしてて、みんながみんな好き勝手な方向にお出掛けしている。
 目は真ん丸で童顔。優しい顔立ちをしていて本当にイケメンなのに、見た目を整えよう……なんていう気持ちは全然ない。
 だから、時々千歳さんがヘアワックスを持って、葵君を追い掛け回してるんだ。


 その千歳さんは、絵に描いたようなルックスの持ち主。
 モデルみたいに背が高くて、お人形さんのように整った顔立ち。それに頭が良くて、スーパードクターなんて呼ばれている。
 おまけに(多分)優しくて、僕を(多分)可愛がってくれている。美味しいご飯をくれるし、いつも僕に(多分)優しく声をかけてくれた。
「ライ、マヌケ面で可愛いな」
 そう笑う千歳さんが、僕は大好きだった。


  それから、犬の僕はわからないけど、人間は『恋』っていうものをするらしい。
 その人の事を思うだけで、苦しくて、胸がドキドキしてご飯も食べられなくなるんだって。
 恋って凄い病気なんだなって思う。
 犬も人間みたいに恋はするかもしれないけど、ご飯はいつも美味しいよ。


 この前、僕と葵君がリビングで寝てる時に、千歳さんが来たんだ。
 僕は葵君が抱っこしてくれてたから、寝ぼけ眼で千歳さんを見上げた。そんな僕に、「シーッ」って言いながら、人差し指を自分の口の前に立てて見せる。
 それから、優しく頭を撫でてくれた。


「水瀬……」
 千歳さんは苦しそうに……でも、とっても幸せに葵君の名前を呼んだ。でも葵君は起きなくて。
 千歳さんは頬を優しく撫でてから、そっと葵君にキスをした。
 一度チュッと触れてから離れた唇は、もう一度その感触を確かめるかのように重ねられる。
 その光景が、あまりにも色っぽくて、僕はドキドキしてしまった。


「ライ、この事は内緒にしといてな」
 千歳さんは、凄く切なそうな顔をしながら、そっと呟く。
「大丈夫。誰にも言わないよ。もちろん、智彰君にも」
 僕はそう伝えたくて、ペロッと千歳さんの大きな手を舐めた。


 その時僕は思った。
 あぁ、これが恋なんだな……って。


 そして、お話は冒頭に戻って葵君。
 葵君は一生懸命に何かを考えていて、僕はその相談相手に任命された。
「もうすぐ千歳さんの誕生日なんだよ。何をあげたらいいと思う?」
 プックリした唇を尖らせて、大きな瞳をクルクルさせている葵君は凄く可愛い。
 ありがとう、智彰君のお兄様の為に。


「ドラマとか映画みたいにさ、俺をあげます……なんて言えたらいいのにね」
「ん?」
「駄目だぁ! 想像しただけで気持ち悪いぃ!」
 自分でボケて、自分で突っ込む葵君。その顔は、林檎みたいに真っ赤だった。
「千歳さんにさ、素直に好きって言えたらいいのにね」
 切なそうに顔を歪める葵君を見て、僕はわかってしまった。


 そっか……。葵君も、千歳さんに恋をしているんだね。


「駄目だ、無理。恥ずかしいよぉ……!!」
 近くにあるクッションを抱きしめて、ソファーで悶えてる葵君。そんな姿を見れば、僕にできることはないかな……って思うんだ。
 何かないかなぁ……。


「何やってんだ?葵」
「お願いですから、放っておいてください」
「ふふっ。変な奴」


 二人からはお互いが好きっていう気持ちが溢れているのに、どうして気持ちを伝え合わないのかが不思議でならない。
 僕みたいにさ、尻尾をフリフリと振って、顔を舐めてあげればいいんだよ。
 お手とか、伏せとか、芸を見せれば本当に喜ばれるんだから、してみたらいいんじゃない?
 葵君と千歳さんを見てると、焦れったくて……僕は硬いおやつに齧り付いた。

🐾 🐾 🐾


 今日は十二月二十四日。
 そう、明日は千歳さんのお誕生日。
 智彰君はまだアメリカから帰ってこないから、まだ千歳さんのお家にお世話になっている。
 もしかしたら、アメリカって僕がいたスーパーより遠いのかもしれない。


 僕はこの日の為に、お手とおかわりの練習に余念が無かった。今なら、このフワフワの肉球でお手をしてあげられる。
 そっと手を乗せるパワーバランスも完璧だ。
 これできっと千歳さんも喜んでくれるね!


 朝から毎日の日課である、僕のブラッシングをしてくれる千歳さん。ブラッシングは本当に気持ちいいんだ。
 ほら、毛がサラサラになったよ。ありがとう。
 そして、今日もいつもみたいに、葵君がお仕事で疲れきった顔をしてやってくる。そのままリビングのソファーに座ったまま二度寝を始めた。


 眠いなら自分のお家で寝ていればいいのに、わざわざ千歳さんの家で寝る葵君。
 僕のブラッシングが終わると、今度はブラシを変えて葵君の髪を梳かし始めた。
「千歳さんの手、気持ちいい……」
「髪くらい自分で梳かせよな」
「いいんです。千歳さんにやってもらいたい」
 そんな甘えた声を出す葵君。
 そして文句を言う割には、毎日葵君の髪の手入れをしてあげる千歳さん。


 なんか、言ってる事とやってる事がチグハグだね。


 時計を見れば、あと少しで午前0時。もうすぐ千歳さんの誕生日だ。
 千歳さんの誕生日はクリスマスっていうんでしょ? ケーキやターキーを買ってみんなでパーティーをするんだ、ってこの前テレビでやってた。
 葵君と千歳さんはパーティーをしないの?


 リビングを見れば、葵君は何をするでもなくボーッとしていた。疲れてるんだから、早く帰ればいいのに……。
 でも僕、わかってるんだよ。
「本当は帰りたくないんでしょ?」
 千歳さんに、帰るなって言って欲しいんだよね。


 千歳さんは千歳さんで、さっきから落ち着かなくて、リビングの前の廊下を行ったり来たりしている。
 僕は千歳さんの気持ちだってお見通しだよ。
「誕生日を一緒に迎えて欲しいんだよね?」
 葵君と、今晩はずっと一緒にいたいんでしょ。


 二人の気持ちは、良くわかるよ。
 だって、僕はあなた達をずっとずっと見守ってきたんだから。