あなたのお気に召すままに


「千歳さん、体が熱い……お願い、抱いて……」
「抱いてって、お前ここ会議室だぞ?」
「わかってます。わかってますけど……我慢できない……。お願い抱いてください」
「ちょ、ちょっと葵……んッ」
 何かを言いかけた成宮先生の唇を強引に奪う。首にしがみついて唇を貪って、無遠慮に舌を侵入させる。
 逃げ惑う舌を絡め取って口内を散々犯して……ペロッと唇を舐めてから解放した。
「葵、激しすぎんだろ?」
「俺だって男です! 男なんですよ!」
 あまりにも辛くて、涙で目の前がユラユラと揺れる。


 お願い、この熱をとってください……。


「可愛いな、葵。ちょっと待ってろ」
 そう言いながら成宮先生が会議室のドアの鍵を閉める。そのガチャッという無機質な音が、更に俺を欲情させた。
「こっちにこい」
 俺をテーブルに横たえるとスクラブを一気に捲り上げられる。ヒンヤリした空気に晒された胸の突起が痛いくらいに尖って、今かと今かと刺激を待ち侘びている。
「千歳さん……早く……」
「わかったから。多分、もう誰もこないとは思うけど、声は我慢しろよ」
 俺は必死に首を縦に振る。
 もう早く抱かれたい。それだけだった。


「はぁ…あ、あぁ…」
「葵、気持ちいい?」
「……はい、気持ちいい……」
「ふふっ。葵、可愛い」
 つい数時間前までには考えもしなかった。ううん。考えるはずもなかった。
 まさか、会議室で恋人とキスすることになるなんて……。
 チュッ。チュッ。チュウッ。一瞬でも唇を離すが惜しいと言わんばかりに、重ね続けられる唇と唇。
「く、くるしぃ……」
「こら、逃げんな」
「んむぅ……ん……」
 もう俺の思考回路は、グズグズに溶かされきっている。ただ成宮先生の口付けに、俺は夢中になってしまっていた。


 いやらしい手付きで頬や首筋を撫でられ、そのまま唇を奪われて……。さっきから何度も何度も繰り返しキスをしてきたせいで、唇は熱を帯びてきている。
 それでも、もっとキスがしたかった。
 息を吸う暇も与えられずに、必死に舌と舌を絡める。チュクチュク、という水音に目眩がして、頭がボーッとしてきた。
 成宮先生から流れ込んできた唾液を、コクンと飲み込む。


 ――よくわかんないけど、媚薬の効果って凄い……。


「これ以上気持ち良くなったら死んじゃうかも」
 焦点の定まらない視線で成宮先生を見上げる。
 それでも、『媚薬』には逆らえるわけがない。
 心も、体も。
 だって、まだ結ばれてもいないのに、こんなにも気持ちいい。


「葵、大好き。超好き……」
「俺も、俺も、好きです……」


 もっともっと自分で気持ち良くなってもらいたい。
 そして、もっともっと愛して欲しい。
 そんな、生クリームに蜂蜜をかけたかのように、甘ったるい思いを俺は噛み締めていた。


「葵、大好きだ」
「俺も、千歳さんがだぁい好き」


 俺達は、誰にも見つからにように……会議室でそっと抱き合ったのだった。


 ◇◆◇◆


 成宮先生自身が、俺の中から引き抜かれていく感覚に身震いをする。
 まだ熱は冷めきっていないけど、あの爆発しそうな熱は幾分引いた気がした。
「千歳さん、ごめんなさい」
「何が?」
「俺、媚薬のせいでこんなに乱れちゃって……恥ずかしいです」
「あー、あれかぁ……」
 成宮先生が乱れた衣服を整えながら、少しだけ申し訳なさそうに俺を見つめた。


「あのさ、葵に媚薬だって言わせて飲ませたあの薬、実はビタミン剤だったんだよね」
「え?」
「葵、最近疲れてるせいか肌荒れしてるから、気を利かせて飲ませてやったら本当に信用しちゃうとはね……いやぁ、俺もびっくりしたよ」
 飄々と話すこの男の言っていることが理解できなくて、俺は何度も瞬きを繰り返す。
 ちょっと待って……。


 ――あれは媚薬じゃなくて、ビタミン剤だったってこと?


「だって、この世界にそんな意味の分からない薬なんてあったら、犯罪に利用されちゃうだろう? そもそも媚薬なんてものは迷信で、そんな薬この世には存在してないよ。大体、勤務中にそんな薬飲ませるわけないじゃん?」
「…………」
「本当に素直だね、葵は」
 どんどん顔が赤くなっていく俺を、楽しそうに成宮先生が眺めている。


「葵のエッチ……」
「なッ……!?」


 クスクスと笑う成宮先生に、俺は何も言い返すことなんてできない。
 だって俺は、ビタミン剤を媚薬と勘違いして、一人で発情していたんだ。恥ずかしくて消えちゃいたい……。
 目頭が熱くなったから唇を噛み締めて俯く。
 成宮先生だってひどいじゃないか? 俺を騙すなんて……。
 溢れ出しそうになった涙を、手の甲で拭った。


「本当に可愛い、俺の葵」
「え?」
「本当に素直で、いつか誰かに騙さちゃうんじゃないかって心配だし、不安で仕方がない」
 そう呟く成宮先生はとても苦しそうだった。
「俺以外に、こんなに可愛い姿を見せたら駄目だからな?」
「…………」
「葵、絶対に駄目だからな」
 拗ねたような顔をしながら、俺を抱き締める成宮先生を見てしまえば、怒る気など失せてしまう。


 本当にあなたは、自由気ままで自分勝手。
 でもそれでもいい。どうぞ、あなたのお気に召すままに……。


「千歳さん。まだ体が火照って仕方がないんです。責任取ってください」
「いいよ。さっさと家に帰って抱き潰してやるよ」
「やだ……そんなこと言われたら、もう仕事どころじゃない……」
「あー、もう、なんでそんなに可愛いんだよ」


 呆れた顔をしながら俺をギュッと抱き締めてくれた。
 その夜の成宮先生に、本当に抱き潰されたなんて……言うまでもないでしょ?


 でも、俺は思うんだ。
 魔法の媚薬を、成宮先生はきっと持っているって……。