「んなアホな!」
父はリビングで声を張り上げ、テレビを食い入るように見る。普段、ニュース番組どころか、テレビすら見ないボクも、父の威勢につられて国営放送を眺めた。ニュースの見出しは、こうだ。
──伝説の八咫烏(ヤタガラス)滋賀で発見か?
「サッカーの日本代表がユニフォームに付けてる、あのシンボルマークのカラスやろ? 見つかるのは珍しいんか?」
ボクは何気なく聞いたのだが、父は何かを感じ取って、この世の終わりのような落胆の表情を浮かべる。
相変わらず、一つ一つのリアクションが大袈裟だ。
「アホか。そんなカラスなどおるわけない。あのカラスは伝説上のもんや」
「じゃあ、このテレビに映ってるんは、作り物?」
ニュースで流された動画には、確かにサッカー日本代表のシンボルマークと同じく、三本足のカラスが映っている。その奇形カラスは山の木々の間を悠々と飛び、ゴミ・ステーションの生ごみを漁っている姿が公開されていた。
「動画の加工? ……まさか、遺伝子を組み換えたん?」
どうして、そんなことをする必要があるのか、ボクは疑問だらけだ。
「ま、そんなとこやろな。しかも見つかった場所が、東近江市の君ヶ畑か。これは強烈なメッセージかもしれへん」
「メッセージ?」
「もし、ワシの推測が当たってたら、この国はかなり危ない」
「ホンッマに、大袈裟やで。ただの突然変異のカラス一羽に、そないに動揺せんでよ」
「あれは、ただのカラスやない。伝説上の……いや、実在するやつらの言わば神様や。日本の歴史上、ずっと影となり息を潜めていた魔物が、このニュースで日本中の仲間に呼び掛けて結集し、表の社会を支配しようとしてる」
「魔物? こんな科学が進歩した現代に?」
「正確には、人間や。ほやけど、恐ろしい魔法を使う」
真面目に魔物や魔法を語る父につい、吹き出してしまった。父は疲れているのだろうか? それともディズニー映画に影響されまくったのか?
しかし、ボクの緩んだ表情に相反して、父はますます深く落胆していく。
「いいか、俊介。お前は古代から脈々と続く社会も歴史も政治も、表しか知らんだけや。物事には、必ず裏がある」
まだ、ボクは笑っていた。
「そやけど、大の大人が『魔法』はないんとちゃう?」
「あるから大真面目に言うとんのや。その魔法は、陰陽師。聞いたことあるやろ?」
「安倍晴明のアレ?」
「そや」
「あんなんは、大昔はおまじないで通じたかもしれんけど、この科学が進んだ現代では意味がないような」
「あるから、恐れている」
「まあ、そやったらそれで、ええやないの。警察か自衛隊が、何とかしてくれるやん。プロに任せときいや」
「奴らに、そんな科学を結集した力程度では効かへん。ウチがやるしかない」
「ウチ?」
「せや」
「いやいや、ホンマにギャグみたいになってるやん。警察とか自衛隊にでけへんっていうのに、一般ピーポーのウチに何ができるんや?」
「俊介、ウチの苗字は何や?」
「秦(はた)やけど。それが関係あるんか?」
「大アリや。うちの住所は今は愛荘町やけど、合併するまでは秦荘町やった。うちは秦氏をルーツとする地区の中で、陰陽師の正統の家系なんやで」
「初耳やで。しかも父さんは婿養子やから、あんまり秦家に関係ないやろ?」
「そや、オレは秦家の血筋やない。そやから、俊介の助けがいる」
「ボクが?」
「秦氏嫡流は、お前や。しかもじいさん亡き後、この宿命の血を守れるのも、お前しかおらへん。とにかく、行くぞ」
「どこへ? また、調査か? もうワケわからん」
「そや、調査や。ヤタガラスらしきものを確かめに、や」
ボクが大学の授業をサボるのは、ある程度問題ないが、父まで仕事をサボるという。父は町立歴史文化資料館の館長という一見良い肩書きをもっているが、要するに町役場の課長級という、ありふれた公務員だ。サボっているのがバレたらそれこそ社会問題として新聞に載るような気がする。
何かよく分からないが、さっき見たニュースによると、この三本足のカラスが撮影されたのは、東近江市の永源寺地区にある君ヶ畑。我が家と同じ滋賀県だ。
「車はオレが運転しよう」
父の通勤用の軽バンに乗り込み現場を目指す。
「くれぐれも、母さんにはナイショやで」
「また、それ? ナイショにする意味あるの?」
「意味はないけど、母さんは現実的過ぎてつまらないやろ」
まあ、確かに母はこんな話、否定して終わりだ。
ボクは個人的にも、その日本を転覆させるほどのパワーのある人たちが神と崇めるカラスを見たくなった。
父はリビングで声を張り上げ、テレビを食い入るように見る。普段、ニュース番組どころか、テレビすら見ないボクも、父の威勢につられて国営放送を眺めた。ニュースの見出しは、こうだ。
──伝説の八咫烏(ヤタガラス)滋賀で発見か?
「サッカーの日本代表がユニフォームに付けてる、あのシンボルマークのカラスやろ? 見つかるのは珍しいんか?」
ボクは何気なく聞いたのだが、父は何かを感じ取って、この世の終わりのような落胆の表情を浮かべる。
相変わらず、一つ一つのリアクションが大袈裟だ。
「アホか。そんなカラスなどおるわけない。あのカラスは伝説上のもんや」
「じゃあ、このテレビに映ってるんは、作り物?」
ニュースで流された動画には、確かにサッカー日本代表のシンボルマークと同じく、三本足のカラスが映っている。その奇形カラスは山の木々の間を悠々と飛び、ゴミ・ステーションの生ごみを漁っている姿が公開されていた。
「動画の加工? ……まさか、遺伝子を組み換えたん?」
どうして、そんなことをする必要があるのか、ボクは疑問だらけだ。
「ま、そんなとこやろな。しかも見つかった場所が、東近江市の君ヶ畑か。これは強烈なメッセージかもしれへん」
「メッセージ?」
「もし、ワシの推測が当たってたら、この国はかなり危ない」
「ホンッマに、大袈裟やで。ただの突然変異のカラス一羽に、そないに動揺せんでよ」
「あれは、ただのカラスやない。伝説上の……いや、実在するやつらの言わば神様や。日本の歴史上、ずっと影となり息を潜めていた魔物が、このニュースで日本中の仲間に呼び掛けて結集し、表の社会を支配しようとしてる」
「魔物? こんな科学が進歩した現代に?」
「正確には、人間や。ほやけど、恐ろしい魔法を使う」
真面目に魔物や魔法を語る父につい、吹き出してしまった。父は疲れているのだろうか? それともディズニー映画に影響されまくったのか?
しかし、ボクの緩んだ表情に相反して、父はますます深く落胆していく。
「いいか、俊介。お前は古代から脈々と続く社会も歴史も政治も、表しか知らんだけや。物事には、必ず裏がある」
まだ、ボクは笑っていた。
「そやけど、大の大人が『魔法』はないんとちゃう?」
「あるから大真面目に言うとんのや。その魔法は、陰陽師。聞いたことあるやろ?」
「安倍晴明のアレ?」
「そや」
「あんなんは、大昔はおまじないで通じたかもしれんけど、この科学が進んだ現代では意味がないような」
「あるから、恐れている」
「まあ、そやったらそれで、ええやないの。警察か自衛隊が、何とかしてくれるやん。プロに任せときいや」
「奴らに、そんな科学を結集した力程度では効かへん。ウチがやるしかない」
「ウチ?」
「せや」
「いやいや、ホンマにギャグみたいになってるやん。警察とか自衛隊にでけへんっていうのに、一般ピーポーのウチに何ができるんや?」
「俊介、ウチの苗字は何や?」
「秦(はた)やけど。それが関係あるんか?」
「大アリや。うちの住所は今は愛荘町やけど、合併するまでは秦荘町やった。うちは秦氏をルーツとする地区の中で、陰陽師の正統の家系なんやで」
「初耳やで。しかも父さんは婿養子やから、あんまり秦家に関係ないやろ?」
「そや、オレは秦家の血筋やない。そやから、俊介の助けがいる」
「ボクが?」
「秦氏嫡流は、お前や。しかもじいさん亡き後、この宿命の血を守れるのも、お前しかおらへん。とにかく、行くぞ」
「どこへ? また、調査か? もうワケわからん」
「そや、調査や。ヤタガラスらしきものを確かめに、や」
ボクが大学の授業をサボるのは、ある程度問題ないが、父まで仕事をサボるという。父は町立歴史文化資料館の館長という一見良い肩書きをもっているが、要するに町役場の課長級という、ありふれた公務員だ。サボっているのがバレたらそれこそ社会問題として新聞に載るような気がする。
何かよく分からないが、さっき見たニュースによると、この三本足のカラスが撮影されたのは、東近江市の永源寺地区にある君ヶ畑。我が家と同じ滋賀県だ。
「車はオレが運転しよう」
父の通勤用の軽バンに乗り込み現場を目指す。
「くれぐれも、母さんにはナイショやで」
「また、それ? ナイショにする意味あるの?」
「意味はないけど、母さんは現実的過ぎてつまらないやろ」
まあ、確かに母はこんな話、否定して終わりだ。
ボクは個人的にも、その日本を転覆させるほどのパワーのある人たちが神と崇めるカラスを見たくなった。