「さむ......」
静かすぎる夜にはこんな一言さえもよく響く。
もう車の台数も少なくなってきた。

でも、どうしても貴方に会いたかったから。
呼び出したら来てくれるって、貴方の優しさに甘えた。
もう少しだけ...。

そう心で唱えて
少し前を歩く貴方のひんやりとした小指を、ふっと握ってみた。



遊びに誘うのはいつも私から。
話題の提供をするのも私。
電話を誘うのも、プレゼントをあげるのも。
いつも私から。

分かってるの。
私がやめたら全部切れる関係。
自己防衛だって。
でもね。
思ってしまう。

「こんなに頑張ってるのにどうして誰も、私を大切にしてくれないの?」



どうしても寂しくて。寒くて。
彼女でもないあの子にLINEを送ってみた。

▷少し歩こ

返信はすぐ来る。
それが分かってて君を誘ったんだ。

こんな遅い時間なのに君は息をきらして僕の元へ来てくれる。
そして無邪気にこの空間に暖をくれる。


あの言葉を今日もグッとこらえた。
"ずっと一緒にいてよ"



楽しいこの時間はきっと私だけ。
いつも付き合わせて、いつも無理を言う。
申し訳ないって、つまらないよねって気持ちを抱えて、でも病を背負った私はこの人を頼るしか道がなくて。

「ごめんなさい」
私に興味のないこの人に。
私からは何も与えることの出来ないこの人に。
不安にまみれたこの言葉を。



冷たい風が頬をさす。
でも、暖かった。
冷たい涙が頬を伝う。
でも、寒くなかった。
独りで飲むホットココアよりも、独りでうずくまるあの布団の中よりも、
「辛い時は泣いていいんだよ。頑張ってる事はよく知ってる」
そういって優しく包み込んでくれるあなたの体温が、何よりも私を救った。



独りぼっち。
暗闇に消える彼の後ろ姿だけがボヤけた。
「ま、待って…!!」

「あ、起きた〜。お酒飲みすぎた?大丈夫?」
明るい部屋に微笑む君。
「泣いてるじゃん。どうしたの」
安心して君に触れる。
「大丈夫。ここにいるから」

「ほら、食べよ!」
そう言ってケーキを差し出す君は
何よりも暖かい。



初めて書いた小説。
まさか目の前で読まれると思わず、いつも以上にソワソワしてしまう。
最後まで読み切って、君はこちらをまっすぐに見た。
「ありがとう。最高だよ」
雪も解けそうな素敵な顔。
「僕の話も聞いてくれる?」

そして君は私にクリスマスプレゼントを。

「あのね。松田さんの事が、すきなんだ」



「今年も終わっちゃうね」
オリオン座を眺めながら君がそう呟いた。
見上げる君とは反対に私は俯いてしまう。
「今年もよく頑張ったね」
今年の事がダイジェストのように流れていく。
辛いことの方が多かった。
でも、ね。

中学生の時に死ぬ事を決意した私へ。
あなたは今年もしっかり生き抜きましたよ。



『そういう時はスキップで帰ればいいんだよ』

急に降ってきた大雨。
待っても止みそうにないから貸出用の傘を借りる事にした。
「山下さん!待って!」
傘にぶつかる雨音で外の音はボヤけていたのに、私の名を呼ぶあなたの声はハッキリと届いた。
「今日はスキップ出来ないね」
という松下君には内緒。

君と肩を並べるこの時間が何よりも幸せなの。


『戯言』

「お疲れ様」
病院から出てくるおとは少し元気がなかった。
「またお薬増えちゃった」
ポツンと呟く。
心療内科で出る薬は副作用も強いみたいでおとは以前より辛そうな日が増えた。
それでも過去の自分と卒業すると決めたおとはしっかり前を向いた。
「小金さんがいてくれるから平気」
俺だって。ね。


『……気づいた』

ふと隣から煙草の臭いがツンと鼻を刺す。
「あぁごめんね」
短く呟き、見た目に反して偉く真面目にお墓に手を合わせた。
「こいつの同級生?」
「はい」
「結構酷く虐められてたの」
「…はい」
そっか…と吐く白い息が煙草の煙と混ざって消えていく。

「俺さこいつの事好きだったんだよ」


『金木犀』

 手紙を書ききって、あとはもう死ぬだけ。
 でも、死ぬ前に一か所だけ寄りたい所がある。
 あの日、私を撫でてくれた金木犀の花。
 雪が積もるだけのその木は、もう花なんてつけていなかった。
「最期にお見送りしてくれるのはあなただけだったのに」
 でも、これでよかったのかな。

 正真正銘の、さようなら。


『最後の晩餐』

 インディーズが解散して、もう1年。
 あいつらとはなんとなく気まずくて、会話も出来ずにいる。
 就活で忙しくてそれどころじゃないしな。
 でも、俺には楽しみがあった。
 憧れのバンドのライブ。
 今日はそれに来ていた。
 照明が照り、音が、俺の全身を震わせる。
 俺の頬を伝う涙は幸せに”悔しい”が混ざっていた。


『タツナミソウ』

 桜は、ずっと寂しそうだった。
 まだ子供なのに世界に絶望していた。
 どうしてだか彼女の周りは敵だらけで、桜をこれでもかと傷つける。
 昔本で読んだことがあった。
 そういう子が我儘になる時、それはその人を試してるんだって。
 これでも捨てない? 私を大切にしてくれる? って。
 だから言う
「僕には効かないよ」


『50分の砂時計』

 あれからもう5年か。
 忘れないもんだな。
 当時は、彼女の事をいつか忘れてしまうんじゃないかって怖かった。
 でも、ちゃんと覚えてる。
「あ、先生のピアスちょーかわいい~」
「だろ? これ俺のお気に入り」
 ここにちゃんとそよぎさんがいる。
 ピアスに背中を押されて
「よし、ウインカー出して、行こう!」


『スクールポイント』

 集合場所は変わらずこのカフェ。
 胸元に咲くコサージュがなんだかくすぐったい。
「お待たせ~」彼らは今日も一緒にやってくる。
 学校を変えたくて、大人に復讐したくて、今日まで彼らと闘ってきた。
 それも今日で終わり。
 私達の関係も。
「また、集まろうな!」
 そんな心配をよそにいう彼らの顔は私には眩しすぎる。


『美しい彼女を僕がこの手で葬ります。』

 衝撃だった。
 女優池下蘭が殺害されたというニュースを見た時、私は生きる光を失った。
 蘭ちゃんが写る雑誌は全て買ったし、出た作品は全て録画してある。
 彼女を愛している。
 だから犯人を殺してやりたいと、本気で思っていた。
 でも、その考えが浅はかだと気づいた。
 アングレカムはそれを私に教えてくれた。


『”世界一”かわいそうな私へ』

 正直、どうでもよかった。
 田中が土下座を強いられてる時、皆に真似てスマホを向けてみたけど、私からすればどうしてこんなことで盛り上がれるのか分からなかった。
 私は関係ない。
 皆と同じことをしていただけ。私の存在を守るために。
 寒い体育館でいじめに対するお説教と講義を受ける義理、私にはない。

※┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
テーマ:手袋

「お誕生日おめでとう」
清水は、いつもの冷たさでわざわざそう伝えてきた。
「誕生日プレゼント、渡したいんだけどさ。何渡せばいいか分からなくて」
口ごもる彼女に欲しいものを呟いてみる。

「嬉しい。2人に渡せて」
「うん。ありがとう。素敵な手袋だ」
片方は、祈莉に。

清水は嬉しそうに笑った。



彼女はいつも手袋をしなかった。
寒がりのくせに手を真っ赤にして、でも頑なに手袋をつけない。
「手袋、つければいいのに」
そんな姿が馬鹿らしくて正論だと思ってぶつけてみた。
「…私手袋付けれないの」
手袋を付けると気持ち悪くなってしまうんだと。
なんだそれ。かわいそ。

…じゃあ、僕が。



寒くて、怖くて、寂しくて、泣きたい夜がある。
風さえも私を否定してくるようで死にたくなる。
ずっと私は独りぼっちなんだと思ってた。
ヘラヘラして、そんで利用されてるだけだって。

「これ、つけなよ」
不器用に手袋を渡してくれる君に出会うまでは。



最近編み物が流行ってるんだって。
なんでも編んでる間は無心になれるらしい。
何も考えなくてよくて、心が楽になるとかなんとか。

夜、急に君に呼ばれて今君の部屋。
「いや~やっぱり邪念が払われてる感じするね」
そう言いながら手袋を編み続ける君に純粋な疑問を。
「ねぇなんで泣いてんの」



 涙は君のマフラーも濡らして、でもその下にある表情は清々しいものだと見えなくても分かった。
 もう彼女を止めることは僕にはできない。
 彼女の目がそう言った。
「最期まで一緒にいてもいいかな」
「もちろん。約束」
 満足そうに微笑む君と指切をする。
 長い闘病生活に終止符を打った君へ。
「幸せだったよ」