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『――わたしは大きく頷く。もしかしたら、このホテルで何か起きるかもしれない……。そんな気がした。』


「ふぅぅ~~、とりあえず今日はここまででいいか……」

 ここは夜十時前のオフィス兼居住スペース。わたしは書き終えた原稿データを保存して、思いっ切り伸びをする。そろそろ遅番のスタッフさんが出勤してくる頃だ。確か、陸さんも遅番だって言っていたような。あの人、ちゃんと寮で寝たのかな?

 彼が一旦寮へ帰ってからは、わたしも中番のコンシェルジュである優梨さんと一緒にお客様からの要望にお応えしたり、明日からのご予約の確認を取ったりというホテルの仕事をこなしつつオフィスで原稿の執筆をしていた。
 夕食にはスタッフのみなさんと休憩室で、賄いのドリアや余った牛肉を使用したカツレツなどを頂き、再びこの部屋に戻ってきてから入浴を済ませて執筆を再開した。ここはわたしの住まいでもあるため、専用のお手洗いとバスルームもついているのだ。

「……それにしても、美優ちゃんはどうして笑わないんだろう……? テディベアが関係あるみたいだけど。明日、スタッフのみんなに聞き込みでもしてみるか」

 ……コンコンとノックの音がして、考え事をしていたわたしは生返事をしていたらしい。ガチャリとドアが開く。

「オーナー、高良だけど。入るぞ」

「…………わぁぁぁっ!?」

 コンシェルジュの制服姿の陸さんが入ってきて、わたしは慌ててノートパソコンを閉じようとしたけれど。

「今、何隠した?」

「あーーっ!? ちょっと待って陸さん!」

 目ざとい彼にバッチリ見つかってしまった。今閉じようとしたワープロソフトの画面を覗き込まれてしまう。

「これが新作?」

「うん……。このホテルを舞台にして書いてるの。まだ書き始めだけど。……あの、陸さん」

「ん?」

「この新作のこと、他のみんなにはまだ内緒にしててもらえますか? 最後まで書き上げられるかどうか分からないから」

「……分かった。ところで、ここからは仕事の話だけど。田崎様のお嬢さんが笑わなくなった理由、テディベアが関係あるかもしれないってオーナー言ってたよな?」

「……うん」

「去年お泊まり頂いた時、あの子は確かにテディベアを抱えてた。でも今日来られた時には持ってなかったんだ。俺もそれが気になってた」

「え……? それじゃ」

 優秀なコンシェルジュである彼らしく、大した観察眼と記憶力だ。

「俺はそこに、あの小さなお客様が笑わなくなった理由があると思う」