支配人を咎める真面目な陸さんを遮り、田崎京香様はしれっと打ち明けられた。

「「離婚!?」」

 わたしと大森支配人の声が思わずハモってしまう。陸さんはあくまで聞かなかったことにしているようだ。

「夫とは共働きだったんですけど、夫は最近、仕事が忙しくなって家のことを――特に美優のことを(かえり)みなくなってしまって。美優は今反抗期に差し掛かっていて、私ひとりの手には負えなくなって。なのに相談にも乗ってくれなくて。それでもう限界がきてしまって別れたんです」

 京香さんはワンオペ育児に疲れてしまったのだろう。そして夫婦関係は破綻してしまったのか――。でも何だかしっくりこない。美優ちゃんが笑わなくなった理由は、お父さんと離れ離れになってしまったことだけだろうか?

「……あ、長々とごめんなさい。私、今は正社員として働きながらこの子をひとりで育ててるんです。このホテルの宿泊料金のことなら心配いりませんから」

「こちらこそ、ぶしつけな質問を大変失礼いたしました。――田崎様のお部屋のキーを」

「はい。三一二号室でございます」

 フロントの志穂さんが、ベルスタッフの下川(しもかわ)奈那(なな)さんにルームキーを手渡す。彼女がこの親子を客室までご案内するのだ。

「……美優ちゃん、ここのホテルには可愛いテディベアがい~~っぱいいるんだよ。美優ちゃんがお母さんとお泊まりするお部屋にもクマちゃんがいるから、仲良くしてあげてね」

「…………クマちゃん?」

 わたしは美優ちゃんと目線を合わせてそう言ってみたけれど、やっぱり彼女は笑ってくれない。う~ん、これでもダメか。なかなか手ごわい。でも、「クマちゃん」という言葉には反応してくれたみたい。

「それでは田崎様、お部屋へご案内いたします。美優様もご一緒に参りましょう」

「ほら。お部屋に行くよ、美優」

「あ、うん! おねえちゃん、バイバ~イ」

「……うん、バイバイ」

 美優ちゃんがわたしに手を振ってくれたけれど、顔はやっぱり笑っていなかった。

「――さてと、俺はそろそろ上がるか。……オーナー、どうした?」

 陸さんが浮かない顔をしているわたしに気づいてくれた。きっと落ち込んでいるんだと思われているんだろうけど、わたしの浮かない顔の原因はそれではなかった。

「美優ちゃん、〝クマちゃん〟って言葉に反応してくれたんだよね。もしかして、笑わない理由にテディベアが関係あるのかな……」

「……えっ? テディベアが?」

 わたしは大きく頷く。もしかしたら、このホテルで何か起きるかもしれない……。そんな気がした。