(…………あれ?)

 わたしはこの状況をどうしたものか、ただただ困惑していた。わたしの全力の笑顔で笑ってくれないお子さんはいないと自負していたんだけどな……。
 これでもわたし、美男美女だった両親の間に生まれたおかげでルックスにはかなり定評があり、一応男性にはモテている方だ。特に「笑顔が可愛いね」とよく言われるのだけれど、その最大の武器である笑顔がこの小さなお客様には通用しないなんて……!

「――田崎様、ようこそ当ホテルへお越し下さいました。支配人の大森でございます」

「コンシェルジュの高良でございます」

「ああ……、どうも。今年もお世話になります。今回から事情が変わって、私と美優の二人だけになってしまいましたけど。……ああ、名字も変わってますね」

 美優ちゃんとしっかり手を繋ぎ、スーツケースの持ち手を握りしめるお母さん――お名前は(きょう)()さんとおっしゃるらしい――は、肩身が狭そうにペコリと頭を下げられる。彼女のこの様子と、美優ちゃんが笑っていないことには何か関係があるんだろうか?

「変わったといえば、このホテルもずいぶん変わられましたね。予約のお電話をした時、ビックリしたんです。電話番号は変わっていないのに名前が変わっているし、オーナーさんも。こんなに可愛らしいお嬢さんだったかしら?」

「父は半年前に病気で亡くなりました。わたしは一人娘で、父の跡を継ぐことにしたんです。それで、思い切って半年前にリニューアルオープンしたんですよ。父との思い出の品である、テディベアと一緒に泊まれるホテルをコンセプトにして」

「そうだったんですね」

「リニューアルオープンしたとはいえ、スタッフは誰一人解雇しておりませんから。精一杯、以前と変わらないおもてなしをさせて頂きます。新しく入社したスタッフは数名おりますが」

 ホテルをリニューアルすると決めた時、わたしはリストラを一切行わなかった。父がスタッフ一人一人を財産だと言っていたからだ。このホテルには、辞めてもらわなければならないスタッフは一人もいなかった。

「ありがとう、オーナーさん。よろしくお願いします」

「――あの、田崎様。大変ぶしつけではございますが、ご主人様はいかがなさったのでしょうか。確か、昨年までは藤下(ふじした)様とおっしゃっていらしたような」

「大森さん! お客様のプライバシーに介入するのは――」

「いえ。構いませんよ、コンシェルジュさん。大した理由じゃないですから。――私、夫とは離婚したんです」