そんな陸さんと別れ、わたしはバックヤードの階段を最上階である三階まで上がる。そこにあるのがオーナーであるわたしのオフィス兼書斎兼居住スペースだ。スタッフの事務所はまた別で、二階にある。

 この部屋にはデスクトップとノート・二台のパソコンがある。デスクトップは宿泊名簿やスタッフの個人データなどを管理するホテルの仕事用で、ノートが執筆用だ。

「――さて、書きますか。まずはプロローグから……」

 昨日チェックアウトされたお客様までの宿泊名簿をまとめてから、執筆用のパソコンでワープロソフトを起動した。
 プロローグでは主人公であるコンシェルジュ(モデルは陸さんだ)やスタッフたちの朝の出勤風景を描写している。お客様がホテルに到着されたところから、第一章は始まる予定だ。

 執筆に集中していると時間が経つのも忘れ、お腹がすいたなぁと思ったらお昼の十二時半前だった。
 そろそろ(まかな)いを食べに、従業員の休憩室がある二階へ下りようかと思っていると、オフィスの木製ドアがコンコンとノックされた。

「――はい?」

「オーナー、高良だけど。賄い持ってきた。入っていいかな?」

「あ、ハイ! どうぞ!」

 ドアを開けると、サンドイッチが二皿載ったトレーを手にした陸さんが立っている。

「ありがとう、陸さん。わたしもお腹がすいてきた頃だったから」

「俺も今から休憩。コレ食って、田崎様をお迎えしたら寮に帰る」

「……そう。お疲れさま」

 彼は当たり前のようにオフィスへ入ってきて、わたしと同じ小さなテーブルに着いた。どうでもいいけど、どうして他のスタッフと一緒に食事を()らないんだろう?
 身長は百五十六センチのわたしより二十五センチは高いので、座高もけっこう高い。黙っていれば爽やか系イケメンで育ちもいいので彼女の一人くらいいてもおかしくないのに、彼の浮いた話を聞いたことは一度もない。それはわたしにとって喜ばしいことではあるのだけれど……。

「……俺の顔に何かついてるか?」

「ううん! 何でもないです!」

 食べる手を止めて彼のことを(ぎょう)()していたら、彼とバッチリ目が合ってしまった。

「早く食っちまえよ。もうすぐ田崎様がチェックインされる十三時になるぞ」

「えっ!? ……わぁっ!」

 急いでサンドイッチを平らげてしまうと、陸さんがトレーを持って下りていってからオーナー仕様のスーツに着替えてわたしも一階ロビーへ下りていく。
 そこにはすでに、六歳くらいの小さな女の子と――多分、この子が美優ちゃんだろう――三十歳くらいの女性の親子連れが到着されていた。

「――田崎様でございますね? ようこそ、〈ホテルTEDDY〉へ。当ホテルのオーナー、熊谷春陽でございます」

 わたしはこれでもかと笑顔全開で歓迎の挨拶をしたけれど、女の子――美優ちゃんはなぜかニコリとも笑っていなかった。