「でも、名字が変わったのはどうしてだろう? 何か事情があったのかな……」

「……オーナー、お客様のプライバシーに立ち入るのはホテルマンとして職権(らん)(よう)だぞ」 

「わ、分かってます!」

 陸さんからブッスリ釘を刺され、わたしは小声で反発した。そんなことはわたしにだって分かっているけど、気になるものは気になるのだ。

「……とにかくみなさん、たとえ六歳の小さなお子さんであっても、当ホテルをご利用されるお客様には違いありません。笑顔でお迎えしましょう」

 ここにいる全員から「はい!」と元気に返事が返ってきた。ちなみに、〝全員〟には当然陸さんも含まれている。

「そして、今日お帰りになるお客様も笑顔でお見送りしましょう。では、今朝のミーティングを終わります。みなさん、お仕事に戻って下さい」

 そうして、制服姿のスタッフのみなさんやスーツ姿の支配人はそれぞれ持ち場へと散っていく。陸さんも優梨さんと一緒にコンシェルジュデスクへ。

「さて、わたしはオフィスにいるので、田崎様がいらっしゃったら内線で呼んで。みなさんと一緒にお迎えするので」

 わたしも陸さんと一緒に歩きながら、彼にそう伝えた。彼は途端に呆れ顔でツッコんでくる。

「……あんた、首突っ込む気満々だろ」

「…………そっ、そんなことないって!」

 わたしは否定したけれど、高校生の頃からのわたしをよく知っている陸さんにはバレバレだった。

「どうだか。つうか、オフィスで何するんだ?」

「宿泊名簿を整理するついでに新作を書き始めようと思って」

「新作? ……まぁいいか。春陽ちゃんにとってはそっちが本業だもんな。頑張れよ」

「…………うん、頑張る」

 わたしが小説の話をすると、陸さんは表情を和らげ、呼び方も「オーナー」から「春陽ちゃん」に変わった。
 彼はわたしが小説家デビューする前からのファンで、ずっと応援してくれている。彼にとってわたしは妹みたいなものかもしれないけど、わたしは彼に対して特別な感情を抱いてきた。

 陸さんのご実家は〈高良ホテルズ〉という有名なホテルチェーンを経営されている名家で、彼はそこの次男だ。後継者はお兄さまだそうなので、彼がご実家の経営に関わる必要はないらしい。
 でも、〈高良ホテルズ〉というかお父さまの経営方針――儲けに繋がらない宿泊客はお断りするということに反発した彼は、我がホテルで働いているのだった。