「ありがと、ハルヒちゃん。あたしの代わりに怒ってくれて。でもね、自分では『仕方ないかな』とも思ってるんだよね。書こうとしてた新作って、わりとよくあるテーマのだったし。これはあたしが先に考えてたストーリーだって証明できないしね。だから今回、まったく別のストーリーの作品を書くことにして、どうせなら執筆環境を変えてみようと思ってここに来たの」

「そういうことだったんですね」

 環境を変えれば、今までまったく思いつくことのなかったストーリーが浮かぶかもしれない。マイカ先生もそう考えたんだろう。

「で、どうですか? 実際にこのホテルに来られて、何かいい作品のアイデアは浮かびそうですか?」

「まだ来たばっかりだから分かんないけど、ここがすごくいいホテルだってことは感じたよ。作家じゃない熊谷春陽ちゃんが、ここではどういう存在なのかもちょっと分かってきたし。ホテルの従業員の人たち、みんなあなたのことをオーナーとして慕ってるみたいだね。特に、コンシェルジュの……」

「高良陸さんですか?」

「そうそう! あの人からはすごく大事に思われてそうだけど、もしかしてあの人、ハルヒちゃんの彼氏?」

「か……っ、彼氏ではない……です」

 陸さんのことを、そんなふうに解釈されるとは思っていなかったわたしはかなり同様してしまった。否定こそしたものの、これじゃ否定になっていないかも……。

「ふぅん、彼氏ではない。けど、ハルヒちゃんは彼に気がある?」

「…………はい。まぁ、そんな感じです。でも多分、陸さんの方もわたしのことを少なからずよくは思ってくれてるんじゃないかな……と」

 わたしはマイカ先生に、陸さんについて話した。
 いつも、わたしがお客様の事情に首を突っ込む時には必ず協力してくれていること、亡くなった父に代わってわたしのことを見守ってくれていること、今年の誕生日前にオーダーメイドのテディベアをプレゼントしてくれたこと……。
 そして、わたしの作家としての活動もずっと応援してくれていることも。

「……まあ、彼はわたしのことを高校生の頃から知ってますし。父のことも尊敬してたみたいですから、父の代わりでしかないのかもしれませんけど」

「いや、お父さんの代わりってだけで、わざわざお金のかかるオーダーメイドのテディベアを贈ったりしないんじゃないかなー。やっぱりそこには異性としての気持ちが少なからず込められてると思う。彼、あなたのことが可愛くて仕方がないんだよ。妹みたいとかじゃなくて、恋愛対象として」