(……あれ? マイカ先生、元気だ)

 電話で聞いた、ちょっと元気のない声はどこへやら。今日はものすごく明るくはしゃいでいる。わたしも彼女に初めて見せるスーツ姿を褒められて、ちょっと照れくさいけど嬉しかった。

「そうですかねー? ありがとうございます。ちゃんとオーナーに見えますか?」

「うん、見える見えるー♪ あたしもスーツ着て会社に通勤してるけど、ハルヒちゃんはバリバリのキャリアウーマンに見えるよー」

「ホントですか? 嬉しいなぁ。ありがとうございます!」

 普段のわたしのファッションはけっこうカジュアルなので、スーツを着ることによって〝作家・熊谷ハルヒ〟と〝ホテルオーナー・熊谷春陽〟のスイッチを切り替えているのだ。

「……えーと、柳井様? そろそろよろしいでしょうか? 作家仲間同士の楽しいお話のおジャマをするのは非常に心苦しいのですが――」

 ゴホンと咳ばらいをして、コンシェルジュの制服をビシッと着た陸さんが割り込んできた。

「ああ、ごめんなさい! オーナーさんのスーツ姿があまりにも新鮮だったものだから」

 マイカさんがまず彼にお詫びし、わたしも「陸さん、ゴメンなさい!」と小さく謝った。

「――出過ぎたマネをしてしまい、失礼いたしました。ようこそ、当ホテルへ。僕がコンシェルジュの高良陸と申します」

「高良さん……って、ああ、あなたが! 昨日予約の電話をした時に、予約状況を教えてくれたの、あなただったのね」

「はい。このたびは、執筆のために一週間ご滞在とのことでございますね。我々スタッフ一同、柳井様が安心して寛ぎ執筆に(いそし)しんで頂けるよう、心を込めておもてなしさせて頂きます。何かご要望やお困りごとなどございましたら、僕や他のスタッフに何なりとおっしゃって下さい」

「あ、わたしに言って下さってもいいですよ。わたしからスタッフのみなさんに伝えて対処してもらいますから。お部屋は二一〇号室です」

 そう言って、わたしからルームキーを津田さんにに手渡す。

「ありがとう、ハルヒちゃん。あとで部屋に来てよ。まだまだ話し足りないからさ」

「ええ、ぜひ」

「お荷物は僕がお運びいたします。柳井様のお部屋を担当させて頂きます、ベルスタッフの津田です。――では、お部屋へご案内しますね」 

 力持ちの津田さんが荷物を預かり、マイカ先生は二階のお部屋へと上がって行った。