* * * *
――その日の夜。わたしはオーナーオフィスで第二章の執筆を始めた。お客様はまだ来られていないけれど、もちろん先輩作家のマイカ先生だ。
ご予約の電話の時、彼女は努めて明るく振る舞っていたけど、その声色には少し違和感があった。ちょっと元気がないというか、悩んでいるんじゃないかとわたしは感じたのだ。そんな彼女こそ、わたしの書くこの物語にふさわしい。
「――春陽ちゃん、入っていいかな?」
コンコン、とドアがノックされて、ドアを開けると陸さんが立っている。彼は勤務を終えた後なのにまだ焦げ茶色の制服姿だ。これから寮に帰るところなのだろう。
「あ、うん。どうぞ」
室内へ迎れ入れると、彼はまず机の上に開いたままだったノートパソコンの執筆画面を覗き込んだ。
「……第二章、書き始めたんだ? やっぱりゲストはあの作家先生か。どんな人?」
「キレイな人だよー。モデルさんみたいにスラッとしてて美人で。貿易会社のOLさんをしながら書いてるみたい。わたしにもすごく優しくて、ステキなお姉さんって感じかなぁ。年齢は陸さんと同い年」
「へぇー……。でも、俺には春陽ちゃんがいちばん魅力的に見えるけど。可愛いし、二足のわらじで頑張ってる姿がキラキラしてて」
「え…………、そんなこと……ないと思うけどな」
彼に見つめられて、わたしはドキドキした。やっぱり陸さんはわたしのこと……。
「で……っ、でもね、陸さん。わたし、マイカ先生が何か悩んでるみたいに感じたの。考えすぎならいいんだけど……」
「考えすぎ、ってことはないんじゃないか? こういう時の春陽ちゃんのカンって当たるからな」
「そんな、わたしはエスパーでも名探偵でもないよ」
それは陸さんの過大評価というか買い被りだ。わたしはそんなにスゴい人間じゃないのに。
「……あ、それはともかく。今日、東様からクレームのあった件で俺思ったんだけどさ。ウチのホテル、テディベアを置いてない部屋も作った方がいいんじゃないかな」
「うん、それはわたしも思った」
当ホテルには一人でお泊まりになる男性のお客様もいらっしゃる。そこはそろそろ考え時かな……と。