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 ――その日の夜。わたしはオーナーオフィスで第二章の執筆を始めた。お客様はまだ来られていないけれど、もちろん先輩作家のマイカ先生だ。

 ご予約の電話の時、彼女は努めて明るく振る舞っていたけど、その声色には少し違和感があった。ちょっと元気がないというか、悩んでいるんじゃないかとわたしは感じたのだ。そんな彼女こそ、わたしの書くこの物語にふさわしい。

「――春陽ちゃん、入っていいかな?」

 コンコン、とドアがノックされて、ドアを開けると陸さんが立っている。彼は勤務を終えた後なのにまだ焦げ茶色の制服姿だ。これから寮に帰るところなのだろう。

「あ、うん。どうぞ」

 室内へ迎れ入れると、彼はまず机の上に開いたままだったノートパソコンの執筆画面を覗き込んだ。

「……第二章、書き始めたんだ? やっぱりゲストはあの作家先生か。どんな人?」

「キレイな人だよー。モデルさんみたいにスラッとしてて美人で。貿易会社のOLさんをしながら書いてるみたい。わたしにもすごく優しくて、ステキなお姉さんって感じかなぁ。年齢は陸さんと同い年」

「へぇー……。でも、俺には春陽ちゃんがいちばん魅力的に見えるけど。可愛いし、二足のわらじで頑張ってる姿がキラキラしてて」

「え…………、そんなこと……ないと思うけどな」

 彼に見つめられて、わたしはドキドキした。やっぱり陸さんはわたしのこと……。

「で……っ、でもね、陸さん。わたし、マイカ先生が何か悩んでるみたいに感じたの。考えすぎならいいんだけど……」

「考えすぎ、ってことはないんじゃないか? こういう時の春陽ちゃんのカンって当たるからな」

「そんな、わたしはエスパーでも名探偵でもないよ」

 それは陸さんの過大評価というか買い被りだ。わたしはそんなにスゴい人間じゃないのに。

「……あ、それはともかく。今日、東様からクレームのあった件で俺思ったんだけどさ。ウチのホテル、テディベアを置いてない部屋も作った方がいいんじゃないかな」

「うん、それはわたしも思った」

 当ホテルには一人でお泊まりになる男性のお客様もいらっしゃる。そこはそろそろ考え時かな……と。