「いえ、こちらは工房で保管されていた当時のパターンをもとにして、新たに作って頂いたものです。実物は京香様が手違いで売ってしまわれたそうなので……」

「京香さん、すごく後悔されてましたし、ご自分を責めておられました。『美優ちゃんが笑えなくなったのは私のせいだ』って。ですからどうか、彼女を責めないで差し上げて下さいね」

「……はい。ですが、これを美優に渡すだけなら、お二人のどちらかでよかったんじゃ……。僕はもう、あの二人に合わせる顔が」

 陸さんとわたしの話を聞いた駿さんは、お二人に会われることをためらっているようだった。離婚が成立してしまった今、ご自分はもう赤の他人なのではないかと。

「いえ、この役目は僕でもオーナーでもダメなんです。あなたにやって頂かなければ意味がないんです。あなたは美優ちゃんのお父さまでしょう?」

「あなたでなければ、美優ちゃんの笑顔は取り戻せないんです。少なくとも、わたしと高良はそう考えてます。ですからどうかお願いします」

「分かりました。じゃあ、美優と京香のところへ案内して下さい」

「ええ、参りましょう」

 陸さんが先導し、わたしも一緒に駿さんを美優ちゃんたちのところへお連れした。


「――京香さん、美優ちゃん。ちょっとよろしいですか? お二人にお会いしたいという方が、今日この中庭に来られているんですけど」

 陸さんと駿さんには少し離れた桜の木の裏に隠れていてもらい、わたしが親子に声をおかけした。

「えっ? 私たちに会いたい人って――」

「おかあさん、いこう!」

 戸惑うお母さんの手を、美優ちゃんの小さな手が引く。美優ちゃんはお父さんが会いに来たことを知っているので、知らないのは京香さんだけだ。

「こちらで少しお待ち下さい」

 わたしがそっとその場を離れると、木の陰から出てこられた駿さんが美優ちゃんにテディベアの紙袋を差し出す。

「美優……、久しぶりだな。少し遅くなったけど、六歳の誕生日おめでとう」

「おとうさん、ありがとう! わぁ、みゆのクマさんだ!」

「駿……、どうして」

「このホテルのオーナーさんに呼ばれて来たんだ。京香、ゴメンな。美優が笑えなくなったのは全部僕のせいだ。君のせいじゃない。だから、これからも時々、こうして会いに来てもいいかな?」

「うん……っ! 駿、ありがとね。美優の笑顔を取り戻してくれて……」

 新しいテディベアを手に、嬉しそうに笑う美優ちゃん。そして元ご主人の申し出に涙を流しながら頷く京香さん。
 復縁にはまだ時間がかかるかもしれないけれど、この親子はもう大丈夫だとわたしも陸さんも思った。