今日をキッカケにして京香さんと駿さんが復縁して下さるのがベストだけれど、そこまではいかなくても彼が美優ちゃんとまた会えるようになるだけでもいい。それで作戦は成功となるのだから。

「ラジャ!」

 陸さんは他のスタッフさんたちに作戦開始を伝えるべく、厨房へと走って行った。厨房スタッフのみなさんが、美優ちゃんのために用意したクッキーのバスケットをベルスタッフの奈那さんに手渡す。彼女は他のお菓子のバスケットと一緒にそれをワゴンに乗せ、中庭へ向かった。


 中庭に植えられた桜は遅咲きの八重(やえ)桜という品種。ソメイヨシノの時期はもう終わってしまったけれど、当ホテルの〈さくら祭り〉はこの八重桜を愛でる会なのだ。
 宿泊客のみなさんに交じって、田崎様親子も五分咲きのキレイな桜を眺めたり、テディベアと遊んだりしながら楽しい時間を過ごされていた。そこへ、奈那さんがお菓子を配って回っている。

「――田崎様、本日は当ホテルの〈さくら祭り〉へようこそお越し下さいました! こちら、当ホテルよりのサービスでございます」

「わぁ、クマさんのかたちのクッキーだ! おねえさん、ありがとう!」

「あらホントだ。美優、よかったねぇ。わざわざありがとうございます」

「いえいえ。では、本日はゆっくりお楽しみ下さいませ」

 ――中庭を覗いてみると、美優ちゃんが喜んでクッキーを頬張っている。……よし、第一段階はクリア!

「――春陽ちゃん、藤下様がお着きになったよ。行こうか」

「うん!」

 わたしは陸さんと二人、今日のメインゲストをお出迎えに行く。



「――藤下様、本日はようこそお越し下さいました」

「駿さん、〈ホテルTEDDY〉へようこそ! わたしがご連絡を差し上げた当ホテルのオーナー、熊谷でございます。京香さんと美優ちゃんは中庭にいらっしゃいますよ。ご案内いたしますので、一緒に参りましょう」

 藤下駿さんは、京香さんと同じ三十一歳。今日はさすがにスーツ姿ではないけれど、電機メーカーにお勤めのサラリーマンだそうだ。背はそんなに高くないけれど、真面目そうで優しそうな人という印象を受けた。そしてやっぱり、美優ちゃんのお父さんだなぁと思う。二人は目元がそっくりなのだ。

「はい。じゃあ――」

「あ、ちょっとお待ちを。――これを、あなたから美優ちゃんに手渡して差し上げて下さい」

 陸さんが彼に差し出したのは、今朝受け取ってきたばかりのテディベア工房の紙袋。よく見れば、二つあったうちのもう一つにはメッセージカードの封筒が入っている。――あれは一体誰の分?

「これは……、僕が昔、美優にプレゼントしたテディベア……ですか?」

 紙袋の中身を取り出した駿さんが、「あれ?」という顔をされた。