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 ――『さくら祭り』当日は朝からよく晴れて、ポカポカと暖かい日になった。

 わたしはホテルのバックヤードへ、スタッフのみなさんに挨拶をするために下りていく。と、そこには何やら大きな段ボール箱が置かれていて、大きなクマの頭が覗いている。これって、テディベアの着ぐるみ?

「みなさん、おはようございます。――この着ぐるみ、何ですか?」

「おはようございます、オーナー。これはですね、当ホテルで大きなイベントごとが行われるときに登場する、テディベアの着ぐるみでございますよ。ほら、クリスマスの時などに館内を練り歩いておりましたでしょう?」

 答えてくれたのは大森さんだった。ちなみに、この場に陸さんはいない。彼は朝イチで、高円寺まで完成したテディベアを受け取りにバイクを飛ばしているはずだ。

「ああ、あの子か。あれっていつも誰が中に入ってるんですか?」

「クリスマスの時に入っていたのは私と、途中で高良君が交代で。ですが、オーナーのお父さまが入っておられたこともございましたよ」

「えっ、高良さんやお父さんも……」

 テディベア好きだった父ならまだ分かるけれど、陸さんまで着ぐるみに入ったことがあるなんて想像がつかない。でも、お客様を喜ばせる仕事に誇りを持っている彼ならきっと、喜んでやるだろうな。

「本日の『さくら祭り』では、ぜひともオーナーにこれを着て頂きたく用意致しました」

「え……、わたしが着るんですか? でもわたし、着ぐるみに入ったことなんか一度もないですよ」

 大学時代の友人は、テーマパークで着ぐるみに入るバイトをしたことがあると言っていたけれど。その時の感想を「まるでサウナだ」と言っていたことが記憶に残っている。要するに、中はとんでもなく暑いのだと。
 汗でメイクはグチャグチャになるし、脱いだ後はものすごい汗だくになるから女性はあまりやりたがらない仕事らしい。

「それに、わたしはお客様たちにご挨拶もしなきゃいけないし……」

「ああ、さようでございますねぇ。残念ですが、他のスタッフで入ることに致します」

「ごめんなさい、大森さん。よろしくお願いしますね」

 しゅんと肩を落とす大森さんに、わたしは申し訳なく思って頭を下げる。そこに、外からバイクのエンジン音が聞こえてきた。

「――ただいま戻りました」

 しばらくして、通用口のドアからライダージャケット姿の陸さんが、紙袋を二つ抱えて入ってきた。

(……あれ、二つ? どういうこと?)

 わたしは首を傾げてから、「おかえりなさい」と彼を笑顔で出迎えた。