――翌日の午前十一時。田崎様親子はチェックアウトの時刻を迎えられた。

「オーナーさん、この度は娘のことでご迷惑をおかけしてしまってすみませんでした」

 京香さんがしきりにわたしに頭を下げている。本当は陸さんにもお詫びしたかったんだろうけれど、陸さんは残念ながら今日は公休日だ。

「いえ、迷惑だなんてとんでもない! こちらこそ、ご宿泊中に美優ちゃんの笑顔を取り戻すことができなくて残念です。それでですね、京香さん。もしよろしければ、これどうぞ」

「……はい。『さくら祭り』……?」

 京香さんはわたしが手渡した、今朝刷り上がったばかりのチラシをまじまじと眺める。

「ええ。次の日曜日に開催するので、よかったらお二人で遊びにいらして下さい。美優ちゃんのお誕生日は過ぎてしまいましたけど、当ホテルよりとびきりのサプライズがございますので」

「え……? ええ、ありがとうございます。ぜひ参ります。じゃあ、私たちはこれで。コンシェルジュの高良さんにもよろしくお伝え下さい」

「はい。彼にも伝えます。では田崎様、またのお越しをお待ちしております!」

 わたしに(なら)い、全従業員が親子をお見送りする。京香さんは優しく美優ちゃんの手を引いて、スーツケースを転がしながらホテルを後にされたけれど、美優ちゃんに笑顔はなかった。

「――オーナー、何だか元気がございませんねぇ。美優さまのことで気を落とされているのですか?」

「ああ、大森さん……」

 意気消沈ぎみのわたしに声をかけてくれたのは、支配人の大森さんだった。父が亡くなった今、ここで最も父と年齢の近い彼はわたしのお父さん代わりだ。精神的な父の代わりは陸さんだけれど。

「そんなことないですよ。確かに、お泊まりになっている間にあのお客様の笑顔を取り戻すことはできませんでしたけど、まだチャンスは残ってます。『さくら祭り』の日は、みんなで協力して彼女に笑顔になてもらいましょう!」

「そうですね。頑張りましょう」

 無理に気を張って笑顔を作ったわたしに、彼も笑顔で応えてくれた。


   * * * *


 今日はあの後、オフィスに引きこもって仕事をしていた。宿泊名簿の入力といったホテルの仕事はもちろんだけれど、ほとんど原稿の執筆だ。
 夜八時の時点でとりあえず、田崎様親子をモデルにした親子連れをお見送りするところまでは書けた。第一章のクライマックスは『さくら祭り』での作戦如何(いかん)で決まる。

「――よう、春陽ちゃん。頼まれたとおり、あの工房でテディベア、注文してきた。次の日曜にギリギリ間に合いそうだ。これが注文書の控えと領収書な」

「陸さん、ありがとう。ご苦労さま」