「――田崎様に別れたご主人の連絡先を聞いた!? どうして俺がいない間にそういう勝手なことするかな!」

(ああ、やっぱり……)

 オーナーのオフィスで一緒にお昼の賄いを食べている時、わたしは陸さんに予想どおり怒られた。お客様の事情に立ち入りすぎだと。それはホテルマンとして行き過ぎた職権濫用だと。

「……ゴメンなさい、陸さん。わたし、職権濫用だってことはちゃんとわかってるし、反省してます。でもね、これは美優ちゃんの笑顔を取り戻すためにどーーーしても必要なことだったの」

「…………」

 陸さんはオムライスを食べる手を止め、スプーンを握ったままわたしを数秒間睨んだ。考えていることはだいたい分かる。こいつは本当に反省してるのか、本当はそこまでする必要なかったんじゃないのか、あとは「どうして俺が戻ってくる前に勝手に決めたんだ、こいつは」。まぁそんなところだろう。
 ややあって、彼はふいと視線を逸らした。白旗を揚げたようにため息をつく。

「…………まあいいか。済んでしまったことは言っても仕方ないもんな。で、俺は何をすればいい?」

「……! 協力してくれるの!?」

「お客様の笑顔のため、なんだろ? オーナーが……春陽ちゃんがそう言うなら協力しないわけにはいかないだろ」

「……うん、ありがと」

 怒っていたはずの陸さんが、急に表情を和らげてわたしに笑いかける。何だろう、この感じ。急に態度を変えられたら調子が狂ってしまう。

「それじゃ、陸さんには高円寺に行ってほしいの。美優ちゃんが持ってたテディベアが作られた工房の住所、ネットで検索したらホームページに載ってたから」

「えっ、作られた工房、分かったのか?」

「うん。あの親子がお泊まりになってるお部屋のテディベアと同じだった。写真を拡大して分かったんだけど、同じ工房のタグがお尻についてたの」

「タグ……ねえ。よく気づいたな、そんなところに」

 陸さんがわたしの観察眼に舌を巻く。確かに、男性はよっぽどのテディベア愛好家じゃないと、そこまでじっくり見ないかも。
 
「だって、このホテルにあるテディベアは全部、毎年お父さんがわたしの誕生日やクリスマスのたびに買ってくれた子たちだもん」

 亡くなった父はテディベアのコレクターだった。このホテルのテディベアはわたしのために買い集めてきた子たちだけではなく、父の趣味として購入したものも混じっている。

「あのね、陸さん。工房にあのテディベアを作った時のパターンが残されてると思うから、この写真を見せて同じものを作ってもらってきてほしいの。一週間くらいでできると思うから」

 わたしは京香さんのスマホから転送してもらったテディベアの写真と、工房のホームページをプリントアウトしたものを陸さんに手渡す。

「一週間って……、田崎様は明日にはチェックアウトされるんだぞ? 間に合わないだろ」