京香さんはご自分が取り返しのつかないことをしてしまったと、血を吐くように叫ぶ。その今にも泣きだしそうな表情に、わたしの良心がチクリと痛んだ。

「申し訳ありません、京香さん。お客様のプライバシーに土足で踏み込むようなことをしてしまって。……ですが、美優ちゃんの笑顔を取り戻す方法はきっとまだあるはずです。ですから、そんなにご自分を責めないで下さい。まだ望みは捨てないで下さい」

「はい……、はい。そう……ですよね」

 彼女の目に光が戻ったことを、わたしは確信した。
 改めて、美優ちゃんがこの部屋に置いていったテディベアを手に取り、隅々までじっくり観察する。そして、ふとある可能性に行きついた。

「――京香さん、美優ちゃんが大事になさっていたテディベアの写真、スマホに残されていたりしませんか? もしあれば拝見したいんですが」

「あ、はい。確か、フリマアプリに出した時の写真が……あ、ありました! これです」

 わたしは京香さんからお借りしたスマホのテディベアの写真を拡大してみた。注目したのはお尻の部分についているタグだ。

「……やっぱり。この写真のクマと、今ここにあるテディベアはどうやら同じ工房で作られたものみたいです。使われているボア生地の色や材質は違うみたいですけど、完全オーダーメイドの一点もの。違いますか?」

「ああ、そういえば……。夫が(こう)(えん)()にあるテディベアの工房に注文して作ってもらったと言っていたような気がします」

「そうですか。でしたら、何とかなるかもしれません。この件、わたしに預からせて頂いても構いませんか?」

 テディベアというのは、作られた工房やメーカーによって個性が出るものだ。使われる材質や、丸みを帯びているかスレンダーかなどのフォルムの違い、ぬいぐるみの中に詰まっている綿の柔らかさなどでそういった個性が生まれるらしい。
 そしてそれがオーダーメイドされたものなら、工房にパターンなどが書かれた顧客台帳が残っているはずなのだ。

「はい。オーナーさん、よろしくお願いします」

「あと、別れたご主人の連絡先も教えて頂けますか? これもお客様のプライバシーに踏み込みすぎなのは重々承知のうえですが、美優ちゃんの笑顔のためです。どうかご協力頂けませんか?」

「……分りました。紙に書いておけばいいですか?」

 本当は許されることではないだろうけれど、京香さんは元ご主人の連絡先を備え付けのレターパッドに書いてわたしに預けて下さった。……でもこれ、きっと陸さんに怒られるだろうな。