――ここは究極の癒し空間。可愛いテディベアたちと(くつろ)げるホテル。
 都会の喧騒(けんそう)、日ごろのストレスを忘れ、のんびり過ごしてみませんか?
 従業員一同、みなさまのお越しを心よりお待ちしております――。


「――みたいな感じでどうですか? 書き出しは」

 四月初旬。東京近郊のとある町のカフェで、作家であるわたしはモーニングセットを前にして、担当編集者の徳永(とくなが)さんと新作の打ち合わせを行っていた。
 彼はわたしがメモ程度に書き出した文章のプリントを手に、メガネをずいっと押し上げる。これは彼が興奮している時のクセなのだ。

「うん、いいんじゃないですか。これで行きましょう! さすがは熊谷(くまがや)先生! 僕が見込んだ作家だけのことはありますね!」

「ありがとうございます。って言っても、まだ書き出しが浮かんだだけで、肝心の内容はあまり形になってないんですけど……」

 乗せ上手な彼にベタ褒めされて、わたしはちょっと気恥ずかしくなり、少し冷めたカフェオレをガブ飲みした。

「そうですねぇ。先生はお忙しいですもんねぇ。ご実家のお仕事もありますし」

「ええ……、まぁ」

 わたしは曖昧(あいまい)に頷く。実家で仕事をしているのは事実だし。というか最近、どちらがわたしの本業なのか自分でも分からなくなっている。

「いやぁ、でも先生はすごいなぁ。ご実家のことを題材にして新作を書くことを思いつかれるなんて」

「ははは……。あっ、でもこれ、まだスタッフたちには内緒なんです。ちゃんと書き上がってから、みんなに発表しようと思って。ちゃんと書けるかどうか分かる前に話して、途中で(とん)()しちゃったらみんなガッカリするでしょうから」

「なるほどねぇ……」

 この新作小説は、間接的にホテルの宣伝にもなると思う。もちろん、最初からそれを狙って書くわけではないけど、結果的にこの小説がホテルの集客に繋がれば儲けものだ。

「……あ、もうこんな時間か。徳永さん、この後次の打ち合わせが入ってるって言ってませんでした?」

 腕時計を見ると、十時を過ぎていた。ホテルはそろそろチェックインするお客様でごった返す頃だろう。オーナーであるわたしが不在なのはいかがなものか。
 それに、徳永さんは担当作家を二十人ほど抱えていて忙しい人なのだ。わたしの打ち合わせがカフェでモーニングを食べながらになったのも、この時間しか彼の体が空いていなかったから、というのもある。

「ああ、そうでした! 熊谷先生、ありがとうございます! では、僕はこれで。支払いは出版社(こちら)で持ちますから」

「どうも……」

 支払いを済ませると、彼はせかせかとお店を出て行った、ふくよかでクマさんみたいな体型をしている彼だけれど、その外見に似合わずけっこうせっかちでおっちょこちょいなのだ。