ごくごくありふれた、普通の見合いが進んでいく。
 自己紹介から始まり、趣味、好きな食べ物、休日は何をするかなど、何も心惹かれない表面上の会話。
 暁生は銀髪の巫女のことだけを考え続けている。

「銀髪の巫女だなんて、紫明野(しめの)家にはおりませんよ。暁生様も面白いことをおっしゃいますね」
 
 暁生の問いに、黒留袖で口元を隠した母親が目を細めて答えた。紗和という娘は一度小さく頷いてまたこちらに視線を戻し、父親は咳払いをする。
 
 ──なるほど、何かあるな。
 
 やましい気持ちを隠した人間の行動はとてもわかりやすい。そのまま問いただしてもよかったかもしれないが、おそらく「いない」の堂々巡りだろう。
 それに、これ以上深追いしたら「何故それを知っているのか」と逆に問い詰められて面倒そうだ。

「そうでしたか。失礼いたしました、妖の幻覚でも見てしまったのかもしれませんね。最近は制御の効かない妖も多くて」

 暁生が頭に手を当てながら微笑むと、三人は安堵したかのような表情を浮かべてその話題はすぐに終わった。

 ──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──

「忌巫女さん、ちょっと来てくれないかしら?」

 小屋にやってきた一人の侍女が腰に両手を当てながら結月を見下ろす。

 この御屋敷で結月の名を呼ぶのは紗和と義両親だけだった。侍従は皆、結月を「忌巫女さん」と呼んでいる。
 幼少期から侍従には影で「忌み子の巫女様」と呼ばれていたのを結月は知っていた。
 忌み子とはいえ、巫女である以上は体裁で「様」を付けていたようだが、両親が死んでしまったと同時に、その体裁もなくなってしまった。
 
 しかし、結月はそれでいいと思っている。
 紗和や義両親が名を呼ぶ時は決まって自分を蔑む時。両親からもらった大事な名まで蔑まれているようで、彼女らから自分の名を呼ばれるのは嫌だった。

 侍女はため息をついて、吐き捨てるように続ける。
 
「猫の手でも借りたいくらいなんだけど、そんなわけにはいかないでしょう? さすがの忌巫女さんでも、猫以上の働きはしてくれますよね?」
「承知しました」
 
 ふんっと鼻で笑う侍女に、結月は頭を下げて答えた。

「じゃあ、台所まで来てくださらない? ああ、でもそのまま来られては困るので、覆い布はしてきてくださいね」

 結月の銀髪をまじまじと見据えた侍女は嫌味のように言葉を発する。そして「早くしてくださいね」ときつく言い残し、小屋の扉を閉めた。

 御屋敷での結月の仕事は「巫女」ではなく「侍女」そのものであった。掃除に洗濯、食事の後片付けなど、本来ならば巫女のする仕事ではない。
 他に行く場所のなかった結月が、御屋敷に留まっているために行っていただけなのだ。
 だが、それも今日が最後。両親と過ごした思い出のあるこの御屋敷で過ごすのも、全部最後なのだ。
 結月は幼少期を思い出しながらも急いで覆い布を頭に巻き、台所へと向かった。

 台所はなかなかに悲惨な状態だった。
 下げ膳はそのまま乱雑に積まれ、流し台は様々な調理器具で埋め尽くされている。調理場では包丁の音と鍋を火にかける音が絶え間なく響いていて、それはまるで戦場のようだ。
 見合いにどれほどの品数が出されているのかは容易に想像ができた。

「ちょっと! 突っ立ってないで洗い物してよ!」

 鍋を持ったまた違う侍女が結月に怒鳴り声を上げる。

「すみません、すぐに」

 結月はたすき掛けをし巫女服の袖をまとめた。
 その様子を見た侍女は結月を睨みつけて忙しなさそうに隣を通り過ぎる。
 
「まったく。どうして巫女装束で来るのかしら? 忌巫女であって巫女じゃないのに」

 横切る間際にはっきりとそう聞こえた言葉は、結月の尊厳を踏みにじるようなものだった。
 
 ──私だって……、巫女よ。
 
 どんなに蔑まれても、忌み子と言われても、決して自分が巫女であることを否定しない。否定してしまったら母の存在まで否定することになってしまう。その思いが、結月の巫女としての尊厳に繋がっていた。

 唇を噛み締めて、結月は流し台の中へ手を入れた。

 ──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──

 暁生と紗和は屋敷の庭園の中を歩いている。
 
 暁生は心ここに在らずといった様子で庭園内をただ傍観していた。

 紗和の両親に「後は若い二人で」とお決まりの台詞を吐かれ二人きりにされたものの、大して興味もない女と何を話せというのだろうか。池の中で泳ぐ鯉に視線を配り続ける。
 逆に、紗和は緊張しながらもこの機を逃すまいと必死だった。相手は有名な一族の次期当主。なんとしてでも嫁いで、富と名声と寵愛(ちょうあい)を手に入れたかったのだ。

「暁生様のお写真は拝見していたのですが、それ以上にかっこよくて品があって……。お会いしてますます惹かれてしまいました」

 紗和は顔を赤らめて伏し目がちに言う。

「ありがとうございます。紗和さんも、写真以上にお綺麗ですよ」

 微笑んだ暁生の顔は張り付けたような、外面のいい笑顔だった。その完璧な笑顔に紗和はまた顔を赤くする。
 
 ──写真か。見たような気もするが全く覚えていないな。
 
 これまでに何十枚と見合い写真を見てきた暁生だったので、今更まじまじと写真を吟味するのにもうんざりしていた。
 
 そうした中でも、暁生は銀髪の巫女の存在をなんとかして探ろうとしている。
 この退屈な時間をなんとか打破し、直接あの巫女に会ってみたい。話がしたい。
 藤仁(ふじひと)もいない今なら式神をまた飛ばせるのではないかと思った瞬間。

 何かが地面を這うような音が微かに聞こえた。池の水面もゆらゆらと揺れ始める。
 その音は次第に大きくなり、ついには屋敷全体にまで轟く。それと一緒に不気味な気配で屋敷が包まれた。昼間なのが嘘だったかのように闇に染まる。
 
 ──この気配……、妖!
 
 暁生は腰にさしてる刀に手をかけ、静かに息を整え始めた。幾度と妖を消滅させてきた彼だったが、突如として現れたこの禍々しさはここ数年では感じたとこのない不気味さだと感じ取っていた。自然と身体に緊張が走る。
 隣にいた紗和は恐怖で腰を抜かし、へたり込んでいた。紗和がこれほどまでに凶悪な妖力を浴びたのは初めてだった。

「暁生様!」

 藤仁と護衛三人が駆けつけてきた。ただならぬ気配を感じているのは皆同じようだ。

「一体何が!?」
「わからん。急に屋敷が妖気に包まれた」

 気を引き締めろと暁生が続けると、四人はうなずき刀に手をそえた。
 屋敷の上から巨大な影が動く。その先に視線を向けると、屋根の上から妖がぬらりと姿を表した。

 黒光りする巨体は鋭い棘のような毛で覆われている。深い傷跡があるようで、そのからは皮膚のようなものが剥き出されていた。
 胴体から鋭く伸びている三本の手足。胴の右に一本と左に二本、釣り合いの取れていない手足は不穏さを(かも)しだす。
 そして敵を物色するようにぎらりと四つの目が光った。
 
 ──土蜘蛛か!
 
 禍々しい妖気の正体に気がついた暁生はさらに身構える。
 
 ──手足が八本揃っていない。手負いか? なぜここに?
 
 冷静さを失っては勝てるものも勝てない。過去の経験から沈着に今の状況を見定めた。
 すぐに土蜘蛛が咆哮(ほうこう)する。
 
「我の手足と胴体を(ほふ)った二人はどこだ!?」