ヤバイ! 
 
 わたしはとっさにピンヒールを上げた。
 その時、カーブに差し掛かった。
 大きく揺れると、それを利用するかのように右手を素早く裏返して、掌を押しつけてきた。 
 
 バカヤロー! 
 
 怒り心頭に発した。
 間違いなく痴漢行為だ。
 わたしは躊躇うことなく踵を下ろした。
 思い切り踏みつけた。
 すると、骨が砕けるような音が聞こえた。
 見ると、穴は開かなかったが、痴漢野郎の中指の根元を直撃していた。
 すぐに上を見た。
 痴漢野郎が口を大きく開けて、顔を歪ませていた。
 
 ヤッター! 
 
 天罰を下したわたしは勝ち誇った気持ちになった。
 しかしその時、変な声が聞こえた。
 
 あっ、
 
 心臓が止まりそうになった。
 
「大丈夫か?」

 必死になって声をかけた。
 
「ありがとう。これでやっと、こいつから離れられる……」

 それが、紳士靴の最後の言葉だった。