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——そうよね。たしかに私たちは、どこか世間とずれた面もあったのかもしれないわ。
特に私は普段、外の人と関わることが少ないから。あなたの目には異質に見える部分もあったかもしれない。でも私だって、あなたの倍は生きている大人として、いろいろと考えて生きてきたのよ。今は価値観の違いがあったとしても、きっとわかり合える日が来るわ。
そんな日が早く来るように、あなたには話しておくわね。この村に古くから伝わる、掟についてよ。
『なにがあっても村の外へ出てはいけない』——。
これは、聞いたことがあるわね。
村で育った子どもが必ず言われる言葉。あなたもよく言われていたでしょう?
この村では、十代の子どもが村の外に出ることを許されていなかった。
食事も遊びも、すべて村の中で完結しなければいけなかった。
この村には学校がないから、結局そのルールは完全には守られなかったけれど……放課後に村外で遊ぶことは禁じられていたわね。あなたがそのことに不満を持っていたことは知っていたわ。あなたは外に出ることを望んでいた——だから、みんなの反対を押し切って大学へ進学したのよね。
この村の子どもたちには、昔からそんな決まりが課せられていた。
そして、あなたは知らないでしょうけれど、大人たちの間にも絶対に破ってはいけない決まりがあったの。
『村の子どもたち全員を愛し、敬い、なにがあってもこの地で生かさなければならない』……。
……はぁ。
……はぁ。
この掟が作られた理由は……もとをたどると、流行り病が原因だったらしいわ。
大昔……もう何百年も前のことよ。この村ではひとたび病が流行ると、なす術もなく死ぬことしかできなかった。この村には昔から、今でいう医師のような存在がいなくてね。かといって遠い人里から巫女さまや祈祷師さまを呼ぶこともできなかった。誰も彼も、こんな山深い村にわざわざ足を運びたいとは思わなかったのね。それで村人は、いつからか自分たちで考えはじめたの。おはなさまはどうしてこんなにもお怒りになられるのか。どうしたらおはなさまのお心を鎮められるのか……。
おはなさま、の名前くらいは聞いたことがあるかしら。
おはなさまは厄災を呼び寄せると言われていて、村外れの祠に棲まわれているの。あなたもよく行っていたでしょう? 山の麓の、あの美しい場所よ。数年に一度、みんなであそこで舞を披露したわね。子どもたちみんなで装束に身を包んで、振りを覚えて、毎回がんばってくれていたわね。
おはなさまの怒りは子どもの生気によって鎮まるとされていたの。生まれたばかりの子どもは病を持たないから、穢れがなく、神に好かれやすいと考えたのね。そんなのは村人たちが勝手に作った妄想なんでしょうけれど、彼らは藁にもすがる思いだった。子どもたちを着飾り、祠へ集めては舞を踊らせ、供物を捧げさせた。それでも病は幾度となく村を襲い——いつからか、村人たちは子どもたち自身をおはなさまに捧げるようになった。おはなさまに穢れが見えないように、彼らを真っ赤な装束で包み、祠の中に……。
もう、何百年も前の話よ。
でも、そんな迷信を今でも信じているなんて驚くでしょう?
いえ……驚きはしないかしら。あなたは怪しんでいたものね。〝舞の日〟にひとりだけ赤い装束に身につけていた子が、その翌日から必ず姿を消していたこと。家出をしたなんて聞かされても、どの子もそんなそぶりはなかったものね。
こうするしかなかったのよ。
あなたもきっと、わかる日がくるわ。
……はぁ。はぁ。
……ふふ。
私ね、あなたがかえってきてくれてとてもうれしいのよ。
信じられない? いいえ、嘘じゃないわ。今まではあなたにはつらくあたったこともあったかもしれないけれど、それについては申し訳なく思ってるの。やっぱり村の子どもたちはもれなく愛さなければいけないわ。それが私たちに課せられた使命なんだからね。
ただ、砂羽があなたと同じ大学に行くなんて言い出したときは、さすがに耳を疑ってしまって。
あのときの暴言は許してちょうだいね。高校の寮に入ることは許したけれど、卒業したら村に戻るよう言い聞かせてきたから、あの子を唆したあなたのことをどうしても許せなかった。ただの親心だったのよ。わかってね。
でも結局、ふたりともかえってきてくれた。
それだけで私は満足なのよ。
……はぁ。
……はぁ。
着いたわ……。懐かしいでしょう?
月明かりしかないのに、花たちがこんなに鮮やかに見える。まるでカラフルな絨毯ね。この花たちはね、誰が植えたわけでもなくここに咲き続けているんですって。不思議だけれど、きっと、そこにおられるおはなさまの力ね。
祟り神は放っておくと厄災を連れてくるけれど、祠を建てて丁寧に祀れば私たちを守ってくれる。おはなさまはきっと、感謝の気持ちをこの花の中に込めてくださったのよね。
はぁ……。
……あなたが知りたがっていたこと、教えてあげるわ。
この村は昔から、おはなさまの意思に従ってきた。でも今は違うの。今は、おはなさまだけじゃない——亡くなった子どもたちにも心を寄せる必要が出てきたのよ。
きっかけは、村の過疎化だった。
人口が減ると、捧げられる子どもも減ってしまってね。なかなか儀式を行えなくなってしまったの。それでもおはなさまはお怒りにならなかったから、私たちはほっとしていたわ。でも彼らは違った。彼ら——この村で亡くなった子どもたちは、何年経っても次の〝仲間〟がやってこないことに、不満を抱いてるみたいだった。
やがて、村に不穏な空気が漂うようになった。
歩いていると、いくつもの小さな影を見かけるようになった。夜、窓が割れる音で目を覚ますと暗闇の奥で子どもの笑い声がした。最近では、小さな影たちに散々付きまとわれて、気が触れる人まで出てきて……。
このままでは子どもたちに殺されると思った。
だから、村の人間はおはなさまだけでなく、子どもたちのことも気にかけなければならなくなった。
私も考えたわ。砂羽は部活を引退する前に小説を書こうとしていたから、声をかけたの。「部屋にこもって考えていると行き詰まるから、気分転換にお花畑にでも行ってきたら」ってね。砂羽が祠のそばにいれば、そこにいる子どもたちも喜ぶだろうと思った。案の定、子どもたちは砂羽を気に入って、いたずらは減っていった。
そのとき私は思ったの。
『村の子どもたち全員を愛し、敬う』——それは、砂羽やあなただけでなく、亡くなった子どもたちも含めて愛することなんだ、ってね。
その後、砂羽は小説を書き終えたみたいだった。あの子の机の上に何十冊も小説が置かれていてね、読んでみたの。驚いたわ。子どもたちは砂羽のそばにいて、この村の小説を書かせていたのね。
そして子どもたちは小説の中に棲みつき、更なる仲間を待っているみたいだった。だから私は、街に降りるたびに若い子たちにあの小説を渡したの。彼らは惹きつけられるように小説を手に取ったわ。そして小説に棲みつく子どもたちは、彼らを誘惑して、村へとおびき寄せはじめた……。
祈里ちゃんには本当のことを言えなくて、悪かったと思ってる。
でも大丈夫よ。これからはずっと一緒だから。
寂しくなんかないわ。私もそばにいる。きっと、あなたはわかってくれるはず……。
……はぁ。
さぁ、ここ。ここへ、座ってちょうだい。
ふう。もう歳ね。年々運ぶのがつらくなってしまって……。
……そう。こうして……こうね。
すてきだわ。
わかる? あなたの右側に並んでいるのが砂羽よ。
砂羽はね、ひと月前に〝赤の装束の子〟として選ばれて、無事役目を果たしたの。うれしかったわ。村の子はもう数人しか残っていなかったけれど、それでも砂羽が選ばれたんだもの。おはなさまに愛されるなんて、こんなに名誉なことはないのよ。
おはなさまは小さな子どもが好きだから、小さく切って捧げる決まりなの。向こう、八つの塊が砂羽よ。あなたも並べてあげるわね。ごめんなさい、急なことだったから装束じゃなくて、あなたの服で括ることしかできなかったけど……まぁ、結局は真っ赤に染まっているから、おはなさまも穢れだと気づかないかもしれない。心配しないで。あなたもきっと、おはなさまに愛されるわ。
あぁ、いいわ。
とてもきれい。
見て。これは砂羽の足。砂羽ったら、あなたにもらった黄色いペディキュアを毎日してたのよ。
本当に許せないわね。私や村よりも、あなたや外の世界を選ぶなんてね。ふふ。でもいいの。もう考えるのはやめましょう。思考なんてすべて無意味なのだから。私はふたりとも愛しているのだから。
じゃあね。
また会いにくるわ。きっとこれからは、お友達も増えるから楽しみにしていて。
どうか、おはなさまをよろしくね。
……。
……あら。
……なにかしら。
なにか……光ってる。ポケットに、なにか入っていたのね。
……。
……スマホ……。
……ふふ。
はははははははははははははは。
おまえたちもここへ還ってくるからな。
——そうよね。たしかに私たちは、どこか世間とずれた面もあったのかもしれないわ。
特に私は普段、外の人と関わることが少ないから。あなたの目には異質に見える部分もあったかもしれない。でも私だって、あなたの倍は生きている大人として、いろいろと考えて生きてきたのよ。今は価値観の違いがあったとしても、きっとわかり合える日が来るわ。
そんな日が早く来るように、あなたには話しておくわね。この村に古くから伝わる、掟についてよ。
『なにがあっても村の外へ出てはいけない』——。
これは、聞いたことがあるわね。
村で育った子どもが必ず言われる言葉。あなたもよく言われていたでしょう?
この村では、十代の子どもが村の外に出ることを許されていなかった。
食事も遊びも、すべて村の中で完結しなければいけなかった。
この村には学校がないから、結局そのルールは完全には守られなかったけれど……放課後に村外で遊ぶことは禁じられていたわね。あなたがそのことに不満を持っていたことは知っていたわ。あなたは外に出ることを望んでいた——だから、みんなの反対を押し切って大学へ進学したのよね。
この村の子どもたちには、昔からそんな決まりが課せられていた。
そして、あなたは知らないでしょうけれど、大人たちの間にも絶対に破ってはいけない決まりがあったの。
『村の子どもたち全員を愛し、敬い、なにがあってもこの地で生かさなければならない』……。
……はぁ。
……はぁ。
この掟が作られた理由は……もとをたどると、流行り病が原因だったらしいわ。
大昔……もう何百年も前のことよ。この村ではひとたび病が流行ると、なす術もなく死ぬことしかできなかった。この村には昔から、今でいう医師のような存在がいなくてね。かといって遠い人里から巫女さまや祈祷師さまを呼ぶこともできなかった。誰も彼も、こんな山深い村にわざわざ足を運びたいとは思わなかったのね。それで村人は、いつからか自分たちで考えはじめたの。おはなさまはどうしてこんなにもお怒りになられるのか。どうしたらおはなさまのお心を鎮められるのか……。
おはなさま、の名前くらいは聞いたことがあるかしら。
おはなさまは厄災を呼び寄せると言われていて、村外れの祠に棲まわれているの。あなたもよく行っていたでしょう? 山の麓の、あの美しい場所よ。数年に一度、みんなであそこで舞を披露したわね。子どもたちみんなで装束に身を包んで、振りを覚えて、毎回がんばってくれていたわね。
おはなさまの怒りは子どもの生気によって鎮まるとされていたの。生まれたばかりの子どもは病を持たないから、穢れがなく、神に好かれやすいと考えたのね。そんなのは村人たちが勝手に作った妄想なんでしょうけれど、彼らは藁にもすがる思いだった。子どもたちを着飾り、祠へ集めては舞を踊らせ、供物を捧げさせた。それでも病は幾度となく村を襲い——いつからか、村人たちは子どもたち自身をおはなさまに捧げるようになった。おはなさまに穢れが見えないように、彼らを真っ赤な装束で包み、祠の中に……。
もう、何百年も前の話よ。
でも、そんな迷信を今でも信じているなんて驚くでしょう?
いえ……驚きはしないかしら。あなたは怪しんでいたものね。〝舞の日〟にひとりだけ赤い装束に身につけていた子が、その翌日から必ず姿を消していたこと。家出をしたなんて聞かされても、どの子もそんなそぶりはなかったものね。
こうするしかなかったのよ。
あなたもきっと、わかる日がくるわ。
……はぁ。はぁ。
……ふふ。
私ね、あなたがかえってきてくれてとてもうれしいのよ。
信じられない? いいえ、嘘じゃないわ。今まではあなたにはつらくあたったこともあったかもしれないけれど、それについては申し訳なく思ってるの。やっぱり村の子どもたちはもれなく愛さなければいけないわ。それが私たちに課せられた使命なんだからね。
ただ、砂羽があなたと同じ大学に行くなんて言い出したときは、さすがに耳を疑ってしまって。
あのときの暴言は許してちょうだいね。高校の寮に入ることは許したけれど、卒業したら村に戻るよう言い聞かせてきたから、あの子を唆したあなたのことをどうしても許せなかった。ただの親心だったのよ。わかってね。
でも結局、ふたりともかえってきてくれた。
それだけで私は満足なのよ。
……はぁ。
……はぁ。
着いたわ……。懐かしいでしょう?
月明かりしかないのに、花たちがこんなに鮮やかに見える。まるでカラフルな絨毯ね。この花たちはね、誰が植えたわけでもなくここに咲き続けているんですって。不思議だけれど、きっと、そこにおられるおはなさまの力ね。
祟り神は放っておくと厄災を連れてくるけれど、祠を建てて丁寧に祀れば私たちを守ってくれる。おはなさまはきっと、感謝の気持ちをこの花の中に込めてくださったのよね。
はぁ……。
……あなたが知りたがっていたこと、教えてあげるわ。
この村は昔から、おはなさまの意思に従ってきた。でも今は違うの。今は、おはなさまだけじゃない——亡くなった子どもたちにも心を寄せる必要が出てきたのよ。
きっかけは、村の過疎化だった。
人口が減ると、捧げられる子どもも減ってしまってね。なかなか儀式を行えなくなってしまったの。それでもおはなさまはお怒りにならなかったから、私たちはほっとしていたわ。でも彼らは違った。彼ら——この村で亡くなった子どもたちは、何年経っても次の〝仲間〟がやってこないことに、不満を抱いてるみたいだった。
やがて、村に不穏な空気が漂うようになった。
歩いていると、いくつもの小さな影を見かけるようになった。夜、窓が割れる音で目を覚ますと暗闇の奥で子どもの笑い声がした。最近では、小さな影たちに散々付きまとわれて、気が触れる人まで出てきて……。
このままでは子どもたちに殺されると思った。
だから、村の人間はおはなさまだけでなく、子どもたちのことも気にかけなければならなくなった。
私も考えたわ。砂羽は部活を引退する前に小説を書こうとしていたから、声をかけたの。「部屋にこもって考えていると行き詰まるから、気分転換にお花畑にでも行ってきたら」ってね。砂羽が祠のそばにいれば、そこにいる子どもたちも喜ぶだろうと思った。案の定、子どもたちは砂羽を気に入って、いたずらは減っていった。
そのとき私は思ったの。
『村の子どもたち全員を愛し、敬う』——それは、砂羽やあなただけでなく、亡くなった子どもたちも含めて愛することなんだ、ってね。
その後、砂羽は小説を書き終えたみたいだった。あの子の机の上に何十冊も小説が置かれていてね、読んでみたの。驚いたわ。子どもたちは砂羽のそばにいて、この村の小説を書かせていたのね。
そして子どもたちは小説の中に棲みつき、更なる仲間を待っているみたいだった。だから私は、街に降りるたびに若い子たちにあの小説を渡したの。彼らは惹きつけられるように小説を手に取ったわ。そして小説に棲みつく子どもたちは、彼らを誘惑して、村へとおびき寄せはじめた……。
祈里ちゃんには本当のことを言えなくて、悪かったと思ってる。
でも大丈夫よ。これからはずっと一緒だから。
寂しくなんかないわ。私もそばにいる。きっと、あなたはわかってくれるはず……。
……はぁ。
さぁ、ここ。ここへ、座ってちょうだい。
ふう。もう歳ね。年々運ぶのがつらくなってしまって……。
……そう。こうして……こうね。
すてきだわ。
わかる? あなたの右側に並んでいるのが砂羽よ。
砂羽はね、ひと月前に〝赤の装束の子〟として選ばれて、無事役目を果たしたの。うれしかったわ。村の子はもう数人しか残っていなかったけれど、それでも砂羽が選ばれたんだもの。おはなさまに愛されるなんて、こんなに名誉なことはないのよ。
おはなさまは小さな子どもが好きだから、小さく切って捧げる決まりなの。向こう、八つの塊が砂羽よ。あなたも並べてあげるわね。ごめんなさい、急なことだったから装束じゃなくて、あなたの服で括ることしかできなかったけど……まぁ、結局は真っ赤に染まっているから、おはなさまも穢れだと気づかないかもしれない。心配しないで。あなたもきっと、おはなさまに愛されるわ。
あぁ、いいわ。
とてもきれい。
見て。これは砂羽の足。砂羽ったら、あなたにもらった黄色いペディキュアを毎日してたのよ。
本当に許せないわね。私や村よりも、あなたや外の世界を選ぶなんてね。ふふ。でもいいの。もう考えるのはやめましょう。思考なんてすべて無意味なのだから。私はふたりとも愛しているのだから。
じゃあね。
また会いにくるわ。きっとこれからは、お友達も増えるから楽しみにしていて。
どうか、おはなさまをよろしくね。
……。
……あら。
……なにかしら。
なにか……光ってる。ポケットに、なにか入っていたのね。
……。
……スマホ……。
……ふふ。
はははははははははははははは。
おまえたちもここへ還ってくるからな。