「信じられない! 妻が怯えているのに、やさしく慰めもしないだなんて!」

天羽が去った後、一華は激怒していた。用意されていた箪笥から真新しい着物を取り出しあちこちに投げつけ、衣桁を倒し、帯留めやかんざしは障子に当たってその紙を破った。

「い、一華さん、落ち着いてください……! 天羽さまは一華さんの為なら、何でもすると、仰っておられました……! 天に認められるまでの十日間、なんとか堪えてくださいませんか……!」
「うるさい! まともな神経を持たないお姉さまになんて、繊細な私の恐怖は分からないわよ!」

一華の怒りの矛先が朱音に向き、朱音は髪の毛を引っ張られ、頬を何度もはたかれた。フーフーと荒い息を零し、彼女の顔は憤怒一色だった。朱音は努めて冷静に語りかける。

「私にどれだけ辛く当たってくださっても構いません。ですが、天羽さまに選ばれたのは、他の誰でもなく一華さんなのです。一華さんが怪異を恐れて幽世(ここ)を去ってしまったら、天羽さまがおひとりになってしまいます。それでは天羽さまがお可哀想だと思いませんか」

一華の目を見て言うと、彼女の度を越した怒りは少し収まったようだった。『天羽に選ばれたのは、他の誰でもなく自分なのだ』という自負が、一華の目にみなぎって来る。

「そ……、そうね、そうだわ。私は選ばれし神嫁ですもの。必ず祝宴の儀にこぎつけて見せるわ」

そう言って、朱音をキッと見る。

「だから、お姉さまは、その命に代えてでも私を守るのよ。それが天羽さまの為でもあり、高槻の為でもあるのだから」

威圧的に言う一華に、頭を下げるしかない。天羽が妻を失う未来を避けるため、父と母の期待に応える為、一華は十日間を乗りきり、あの宴で天羽と杯を交わさなければならないのだ。

「承知しております、一華さん。私が必ず、お守りいたします」

朱音の言葉に一華は満足そうに口の端を吊り上げた。








部屋を出た天羽は、中の明かりを示す障子にすっと指先で触れた。中の人に加護を授けるために。

「我が妻。もう二度と離さない」

決意と誓いと、何よりの愛情で。
戸の向こうに愛する人を思い、天羽は自室に戻っていった。



部屋を出た天羽は、中の明かりを示す障子にすっと指先で触れた。中の人に加護を授けるために。
「我が妻。もう二度と離さない」
決意と誓いと、何よりの愛情で。
戸の向こうに愛する人を思い、天羽は自室に戻っていった。