食堂では父や母、一華が楽しそうにおしゃべりをしながらテーブルに着いていた。使用人に混じって、朱音も家族に食事を配膳していく。一華がおしゃべりに興じながら腕を引こうとしたため、みそ汁を配膳しようとした朱音は手を引っ込めると、みそ汁が朱音の手に被った。すごい剣幕で怒ったのは、一華だ。

「なにをするの! やけどするじゃない!」
「も、申し訳ありません」

一華の手にはみそ汁のひとしずくも掛かっていない。椀を持った手を引いた時に椀の口がやや朱音に向いたため、朱音の右手と袖、着物はみそ汁でべったり濡れたが、一華はそれには頓着しない。

「今夜は大事な夜会だというのに、朝から気分が台無しだわ」
「も……、申し訳ありません」

夜会、という言葉が一華から出て、朱音は己の記憶を手繰り寄せた。一華が夜会好きなので、よく両親に連れられて華族の集まりに参加していた。朱音は連れて行ってもらったことはないが、一華から、それはもう楽しい時なのだと何度となく聞かされていた。

「本当にお姉さまは何をやらせても駄目なんだから」

え、と思う。一華は朱音の姉ではなかったか。姉の一華の才があったため、妹の朱音はいつも無能の厄介者として扱われていたのだと思ったのだが……。

「仕方ないよ、一華。双子とはいえ、これとお前では出来が違うのだからね」
「そうよ、一華。それにあなたは代々の高槻家の中で一番魅了の才が強いから、今夜の夜会ではきっと良いご縁がある筈。宮さまに見初められて頂ければ、お母さまはとても嬉しいけど……」

母の言葉に一華も微笑んで、そうですね、と返す。

「今日の夜会は、國を治める神々も降臨されるとか。宮さまは帝のお許しがなければご縁は繋がりませんけど、私のこの魅了の力なら、神さまだって魅了できますわ」
「まあ、そうなったとしたら、帝も高槻を重んじてくれるようになるでしょうね。一華は本当に良い娘だわ。それに比べてお前は、本当に役に立たない愚図ね」

じろりと母に睨まれて、朱音は部屋の隅に控え直した。しかし、父が口を継ぐ。

「しかし今日は、朱音にも参加してもらおうと思っている」

父の発現に、母も一華も目を向いた。

「お父さま!? 何故こんなみすぼらしいお姉さまをお連れになるの!? お姉さまなんてお連れになったら、お父さまが笑いものになってしまうわ!」
「そうよ、あなた。今日は帝が主催の、年に一度の夜会ですもの。宮さま方や、華族のみならず、神々のみなさまのお目汚しになりましてよ。もしそうなったら、一華の足を引っ張ることにもなります。今夜は一華に全てを掛けるべきですわ」

この流れは知っている。朱音が天羽の許へ行くきっかけとなった夜会のことだ。高槻男爵家の命運をかけたこの夜会に参加することになった朱音は無能ではあったが、夜会の最中に天羽が庭で探していたアクセサリーを探し当て、それが理由で彼に見初められた。

「朱音を、とある資産家が見初めたらしくてな。引き合わせようと思っている」
「まあ!」

父の言葉に上ずった声を出したのは母だ。

「好色家で知られる老人だからな。高額の金を積んでくれたし、丁度いいと思ったんだ」

この流れも知っている。死ぬ前の人生で、天羽との会話の最中に、父から婚姻の許可を得たと言って、その御仁が割って入ってきたのだ。しかし、結果的に天羽がその老人からも救ってくれた。
朱音は自分の生前の記憶をなぞるように進んでいく事柄に、感心していた。つまり、もう一度得た生で、今度こそ天羽を幸せに出来る可能性があるのだ。

(天羽さま……。私も早く、天羽さまにお会いしたい……)

胸をときめかせる朱音に、父親は今日の仕事を言いつけた。

「そう言うことだから、朱音。お前には分不相応だが、一華のドレスを一枚貸してもらいなさい。それから、風呂に入って、髪もきれいに洗うんだ。一華の支度を終えた後、お前は自分で支度を整えるように。一華の支度を手伝っているから、手順は分かるな?」
「はい」

朱音の返答に父は、よろしい、と頷いた。