教授が転校生を連れてきたとき、セシルはぼんやりと外を眺めていた。爽やかな青い空は時折皮肉のようにうつるが、恐らくフィオナはセシル以上に皮肉に感じているのだろう。

 セシルとフィオナが二人で一つなのは、世間には秘密だ。レイですらセシルは一人っ子だと思っている。セシルは魔力さえ与えられれば一人前に振る舞えるけれど、フィオナには何も与えられない。外に出たい、普通に過ごしたいなんていう、当たり前の欲求すら叶えてあげられない。彼女の存在が表に出ると、この家が抱えている秘密が弱みになりかねないからだ。

 父と母の振る舞いは多くの人間の恨みを買っているから、何かしら弱みを握って復讐してやろうなんて考える者が山ほどいるのは想像に容易い。セシルからフィオナを奪えば跡継ぎを死なせるのは簡単だし、フィオナのように魔法が使えない人間は、攫うのも殺すのも難しくない。つまりフィオナの存在が表に出るということは、彼女の身が危険に晒されるということなのだ。

 昔、外に連れ出してほしいと頼まれたことがある。その時はまだ彼女を守るほどの力がなくて何もできなかったけれど、そろそろ近場くらいならば連れ出せるのではないだろうかと思う。この家の事情も知らない彼女に、ただ家に籠るように言うのはあまりにも酷だ。

 こうして彼女のためになることを考えていると、自分は弟なのだなと思う。彼女の嫉妬で歪んだ表情を望む、愛情に飢えた男ではないのだと思える。ただそのどちらも確かに自分なのが、不思議でたまらない。

「セシル、転校生だって」

 ぼんやりしていたセシルをレイがつつき、セシルは我に返った。

「え、何」
「だから、転校生だって」

 なんだってこの時期に。だいたい転校生が来るのは、学期の始まりではないか。何も試験前のこの時期でなくてもいいだろうに。
 聞き間違えたのかと思い始めたその時、教授が教室の外に向かって手招きをした。

 金髪の女だった。半分桃色に染められたようなその髪は耳の上で二つにまとめられていて、彼女の軽い足取りに合わせて緩いウェーブが揺れる。彼女は教壇の中央に立ち、それからゆっくりと教室を見回した。一瞬、そのピンク色の瞳と視線が絡む。

 教室に広がるざわめきと、零される息。季節外れの転校生に驚いているというよりは、彼女の美貌に魅了されているといった様子だった。
 客観的に、彼女は綺麗だ。だけどそれは着飾った美しさで、素の美しさではない。フィオナはそのままの姿でも可憐だけど、着飾れば宝石にも負けない輝きを放つ。彼女の愛らしさに勝てる者なんていないのだ。他のクラスメイトのように、心が動くはずがなかった。

「メアリ・ルベライトです。父の仕事の都合で――」

 彼女は教室中を見渡しながら自己紹介をし、最後にセシルを見て微笑んだ。明らかにセシルに向けていると分かる微笑み方だった。

「よろしくお願いします」

 わっと起き上がる拍手。
 何だか嫌な予感がした。