セシルは両親との交渉で何か大きなことを言ったらしい。庭の端を借りられれば十分だったのに、あれよあれよという間に硝子張りの小屋が出来上がった。庭の隅に作ったにしては広く、短い期間に作ったにしては豪奢。適度に耕された土のある場所と、タイルが敷き詰められている場所が綺麗に分けられていて、そのタイルには細かな絵が描かれている。ここにかけられた金と労力を思うと眩暈がした。
「ここに机と椅子を置きたいな。ティータイムを過ごすのはどう」
もうこれで十分だと何度も言っているのに、彼はまだこの小屋を整えるつもりらしい。どんな机がいいかな、と楽しそうに呟いているのを見て、慌てて彼の袖を引っ張った。何かに夢中になっている時の彼は、こうやって気を引かないと止められない。
「ね、ねえ。お父様とお母様に何て言ったのよ」
「フィオナがもっと楽しく過ごせる場所を作って、って言っただけだよ」
「嘘。そんなの聞いてくれるはずがない」
「本当だよ」
彼は首を傾げた。どうして不思議に思うのか、と考えている様子だった。
「俺は跡取りだから。この前学園で良い成績収めたばかりでしょ? 父さんが機嫌良くて」
酒で気持ちよくなっているときに頼んだらあっさり許してくれた。彼はそう苦笑いを浮かべた。
「後から怒られるんじゃないかしら」
両親がセシルに甘くとも、フィオナには同じ態度をとらない。子どもの頃二人でした悪戯も、フィオナだけが怒られて物置に閉じ込められた。夜近くになってセシルが何とか助けにきてくれたけれど、両親の機嫌を損ねてはいけないという教訓としては十分すぎる。
セシルと一緒に居るときなら、母に理不尽に怒られることも叩かれることもない。だけどここには一人でいることが多くなるはずなのだ。もしその時に機嫌の悪い母に見つかったらと思うと、足がすくむようだった。
「だいじょうぶ。父さんと母さんの機嫌取りは俺の仕事だよ」
こちらの不安の意味を理解したらしい。彼は「フィオナが心配することないよ」と呟いて、袖を掴んだままだったこちらの手をとった。フィオナの細い指に自らの指を這わせて、優しい微笑みを浮かべる。
「気に入ってくれた? まだ造りかけだけど、もっと過ごしやすくするよ」
「こんなにすごいもの、本当に貰っていいの?」
自分なんかが与えられて良いものではないと思う。薬草作りだってうまくいくかもわからないのに、彼が寄せた期待と、不思議な情ばかりがのしかかる。
「フィオナのために造ってるんだ。貰ってよ」
「でも」
「いいのいいの」
絡められた指に、静かに力が籠められた。
「父さんと母さんがフィオナにあげないものは、俺からあげる」
彼の目が細められる。フィオナの指先を見つめているそれに、甘い色がうつっている。
「俺はフィオナに生かされている。でもあいつら、それを分かっていないんだよ」
親に向かって「あいつ」なんて。そう言おうとすると、彼の人差し指が唇に押し付けられた。
ああ、今のは内緒。彼がくすりと笑う。
「俺たちは二人でひとつだ。なのに俺ばっかりはずるいでしょ。だから俺が多く貰いすぎた分は、フィオナに」
彼は昔からずっと、両親に可愛がられている。二人とも不完全なのに、命を危ぶまれる彼ばかりが心配されて、フィオナは放っておかれることばかりだった。魔力の譲渡のおかげで一人前に振る舞える彼にばかり期待していた。
両親からの愛情に期待して、裏切られる。その繰り返しだ。諦めたいのに諦められなくて、今日だって自分にできることを探している。
「どうして私にそこまでしてくれるの」
いつも、分からなかった。子は親に似るというから、彼もいつかフィオナを軽んじるようになるのだと思っていた。しかし彼はこちらを軽んじることもなければ、恨みを態度に出すこともなかった。
自分ばかりが、セシルを疎んでいる。それは、後ろめたい。自分が劣等感の塊であることを認めざるを得なくなるから、いっそ彼にも憎まれていたかったとすら思う。
「フィオナのことが大好きなんだよ。それじゃ理由にならない?」
双子の間にある情は、両親の影響を覆すほどのものなのだろうか。ただ命を繋ぐための糸しかなかったのではないだろうか。そうは思えども、彼の言葉を否定すれば、彼が与えようとしてくるのは、フィオナでは抱えきれないほどの「愛情」なのだろう。
こういう時、彼のこころの内を覗きたいと思う。双子の片割れに向けるには大きすぎる情の正体を知りたい。そんな気持ちが膨らんでいく。
「ティータイムはここで過ごしましょう」
ほとんど思いつきの一言に彼は表情を明るくさせて、フィオナの指に唇を落とした。
「ここに机と椅子を置きたいな。ティータイムを過ごすのはどう」
もうこれで十分だと何度も言っているのに、彼はまだこの小屋を整えるつもりらしい。どんな机がいいかな、と楽しそうに呟いているのを見て、慌てて彼の袖を引っ張った。何かに夢中になっている時の彼は、こうやって気を引かないと止められない。
「ね、ねえ。お父様とお母様に何て言ったのよ」
「フィオナがもっと楽しく過ごせる場所を作って、って言っただけだよ」
「嘘。そんなの聞いてくれるはずがない」
「本当だよ」
彼は首を傾げた。どうして不思議に思うのか、と考えている様子だった。
「俺は跡取りだから。この前学園で良い成績収めたばかりでしょ? 父さんが機嫌良くて」
酒で気持ちよくなっているときに頼んだらあっさり許してくれた。彼はそう苦笑いを浮かべた。
「後から怒られるんじゃないかしら」
両親がセシルに甘くとも、フィオナには同じ態度をとらない。子どもの頃二人でした悪戯も、フィオナだけが怒られて物置に閉じ込められた。夜近くになってセシルが何とか助けにきてくれたけれど、両親の機嫌を損ねてはいけないという教訓としては十分すぎる。
セシルと一緒に居るときなら、母に理不尽に怒られることも叩かれることもない。だけどここには一人でいることが多くなるはずなのだ。もしその時に機嫌の悪い母に見つかったらと思うと、足がすくむようだった。
「だいじょうぶ。父さんと母さんの機嫌取りは俺の仕事だよ」
こちらの不安の意味を理解したらしい。彼は「フィオナが心配することないよ」と呟いて、袖を掴んだままだったこちらの手をとった。フィオナの細い指に自らの指を這わせて、優しい微笑みを浮かべる。
「気に入ってくれた? まだ造りかけだけど、もっと過ごしやすくするよ」
「こんなにすごいもの、本当に貰っていいの?」
自分なんかが与えられて良いものではないと思う。薬草作りだってうまくいくかもわからないのに、彼が寄せた期待と、不思議な情ばかりがのしかかる。
「フィオナのために造ってるんだ。貰ってよ」
「でも」
「いいのいいの」
絡められた指に、静かに力が籠められた。
「父さんと母さんがフィオナにあげないものは、俺からあげる」
彼の目が細められる。フィオナの指先を見つめているそれに、甘い色がうつっている。
「俺はフィオナに生かされている。でもあいつら、それを分かっていないんだよ」
親に向かって「あいつ」なんて。そう言おうとすると、彼の人差し指が唇に押し付けられた。
ああ、今のは内緒。彼がくすりと笑う。
「俺たちは二人でひとつだ。なのに俺ばっかりはずるいでしょ。だから俺が多く貰いすぎた分は、フィオナに」
彼は昔からずっと、両親に可愛がられている。二人とも不完全なのに、命を危ぶまれる彼ばかりが心配されて、フィオナは放っておかれることばかりだった。魔力の譲渡のおかげで一人前に振る舞える彼にばかり期待していた。
両親からの愛情に期待して、裏切られる。その繰り返しだ。諦めたいのに諦められなくて、今日だって自分にできることを探している。
「どうして私にそこまでしてくれるの」
いつも、分からなかった。子は親に似るというから、彼もいつかフィオナを軽んじるようになるのだと思っていた。しかし彼はこちらを軽んじることもなければ、恨みを態度に出すこともなかった。
自分ばかりが、セシルを疎んでいる。それは、後ろめたい。自分が劣等感の塊であることを認めざるを得なくなるから、いっそ彼にも憎まれていたかったとすら思う。
「フィオナのことが大好きなんだよ。それじゃ理由にならない?」
双子の間にある情は、両親の影響を覆すほどのものなのだろうか。ただ命を繋ぐための糸しかなかったのではないだろうか。そうは思えども、彼の言葉を否定すれば、彼が与えようとしてくるのは、フィオナでは抱えきれないほどの「愛情」なのだろう。
こういう時、彼のこころの内を覗きたいと思う。双子の片割れに向けるには大きすぎる情の正体を知りたい。そんな気持ちが膨らんでいく。
「ティータイムはここで過ごしましょう」
ほとんど思いつきの一言に彼は表情を明るくさせて、フィオナの指に唇を落とした。