花田芽愛、十七歳。得意な事なし。学業底辺、容姿醜悪。私にキャラ設定があるとしたら、これくらいしか書くことが思いつかない。他に挙げるとすればゲームが好き、程度のものだろうか。あと名前がコンプレックス。
こんなキャラ設定を見て、一体誰が魅力的なキャラだと興味を持ってくれるのだろう。男を引っ掛けて金をふんだくっているデブスキャラが出てくる漫画はいくつもあるが、現実はそう優しくはない。芽愛に周りがかける言葉は、蔑みや憐れみ、それから嫌悪と言ったものが多い。
デブでブス。最悪の組み合わせである。デブだけなら痩せればどうにでもなるが、ブスは整形でもしなければどうにもならない。整形メイクだとかいうものもあるが、あんなので可愛くなるのはメイクすれば可愛くなる程度の不細工なのだ。私のように腫れぼったく大きな唇や鼻、左右非対称に並んだパーツはメイク程度ではどうにもならない。笑えばヒキガエルと言われ、走れば五月蠅いと言われる。静かに息を殺していれば「不細工なんだからせめて愛想を良くしろ」と言われる。クソだみんなクソだ。ブスにはみんな冷たいくせに。誰も優しくしてくれないから愛想の一つも振りまけないような歪んだ性格になったんだろうが。ブスにでも平等に優しければ私だってもっと誰からも好かれる性格になっている。クソだ。
現実から逃れるように、学校から帰ればSNSに籠りゲームに没頭した。特に育成ゲームやノベルゲームは好きだった。「正解」さえ選べば皆主人公に優しくしてくれる。現実で誰からも優しくされない分、架空のキャラクターから与えられる優しさは毒だった。
過剰なまでにのめり込んだ。好きなキャラと結ばれてハッピーエンドを迎えるまで、なかなかゲームを止められなかった。徹夜したせいで寝坊して学校を休むのは何度もやったし、授業中に死んだように寝て、周囲から笑われていたなんてことも珍しくなかった。そうして過ごしていくほどに現実とゲームの中の差は激しくなっていって、ゲームの世界から現実に目を向けるのが嫌になっていった。
鏡を見ればブスがいる。鏡に映り切らない肉がある。それがストレスで食べる。余計に太ってもっと不細工になる。またストレスになって食べる。太る。その繰り返し。とうとう人前に出ることも出来なくなって、学校も行くことすらせず、ひたすら部屋に引きこもった。そんな時に出会ったのが「Chipped Jewel」というタイトルの乙女ゲームである。ネットで話題になっていたから勢いで購入してしまったのだが、とにかくキャラのビジュアルが良かった。最初に攻略できるキャラの「レイ」もオッドアイで綺麗なのだが、特に気になったのは「セシル」というキャラである。容姿はレイが一番目立っていたので最初はそこまで気にしていなかったのだが、レイの攻略中に出会った二人のやりとりを見ているうちに、その容姿に籠められた美しさに気が付いてしまったのだ。
そもそも私は金髪青目のキャラが好きだ。それはそれは好きだ。オタク用語で言うところの性癖というやつである。セシル様――いつの間にか様付けで呼んでいた――光の当て方によって色をわずかに変える金髪も、宝石を埋め込んだような瞳も、優しさを貼りつけたような笑みも性癖にドンピシャなのであった。
セシル様のビジュアルが素晴らしいのは語り始めるとキリがないのだが、問題は彼の設定なのであった。サイトで公開されている設定を読むと、どうやら彼は双子の姉を愛しているらしい。乙女ゲームなのに一体どうなるのだろう。本当にヒロインと結ばれるのだろうか。双子の姉のフィオナについての設定はほとんど公開されていないから、ストーリーについて予想がしづらい部分はある。しかしフィオナとかいう女が横暴に彼を操っているのだとしか思えない。
それにしても、数枚公開されているセシル様のイラストの半分以上にフィオナがいるのは何なのだ。一体何を見せつけられているのだ私は。私はセシル様と結ばれたくてこのゲームの攻略をしようとしているのに、どうして他の女を抱きしめている絵面を見せつけられているのだろう。このゲーム、本当に展開が分からない。
ストーリーに関しては不安であったが、やはりセシル様のビジュアルの素晴らしさには勝てなかった。レイの攻略をすぐに終わらせ、セシル様の攻略を始めようとした。彼の秘密や彼の家の立ち位置が明かされ、心臓がどきどきと音を立てるも、その興奮は突然邪魔をされることになる。クラスメイトを名乗る女から電話がかかってきたのだ。
「メアちゃん。ずっと学校に来ていないから心配でぇ」
心配なんかしていないくせに。ブスブスデブスと言って散々馬鹿にしてきたのはお前だろうが。ちょっと可愛いからって男にチヤホヤされて良い気になって、私を楽しんでいじめてきたのはお前だ。どうして私の世界まで壊そうとしてくるのだ。
可愛いからって調子に乗るなよ。そう言って電話を切った。こんな捨て台詞は、ここが家で自分の気が大きくなっていたから吐けたものだ。学校で直接言えるものではない。しかしどうせ学校には行かないのだ。腹が立ったことも、セシル様と結ばれれば忘れることができるだろう。そう思っていたのだが、再び邪魔が入った。母さんだ。
「めあ、ちゃんと学校に友達がいるんなら、ゲームなんかしてないで学校行きなさい」
母さんには私が学校でいじめられていることを伝えていた。しかし理解されなかった。だから平気で学校に行けと言い、ゲームを取り上げようとする。
「こんなゲームやめちゃいなさい」
母さんの手がゲーム機に触れようとする。咄嗟にゲーム機を抱えると、彼女は呆然としたように私を見ていて、「ああ、理解されないのだ」という言葉が頭を巡った。家にも居場所はない。
母さんを半ば突き飛ばすようにして、家を飛び出した。どたどたと走り醜い顔を歪ませる私はきっとみっともない。
容姿さえ美しければ。学校でいじめられることもなく、笑うだけで周囲を虜にできるのに。どれだけ人生が楽になることだろう。私だって美しければ、もっと真っすぐに生きて人生を謳歌しているはずなのに。神様は人間に平等を与えようとしない。神様がいたら恨んでやる。来世は私を美人にしろと脅してやる。
神を呪ったせいか、私は直後に事故に遭った。そして目覚めたときには「メアリ・ルベライト」の中に入り込んでいたのである。メアリは「Chipped Jewel」の主人公なのだが、名前が少しだけ似ているから、購入した時は自分が美人の主人公になれたようで嬉しかった。そして今のメアリは私だ。私なのだ。
鏡を見ると、ゲームやアニメを鑑賞するたびに憧れていた人形のような容姿がそこにあった。ああ、私は可愛らしい美人になれたのだ。これで人生イージーモード。誰からも愛されて幸せになれる。セシル様だって振り向いてくれるに違いない。だってこのゲームは、このメアリのためのゲームなのだから。私が一番幸せになれるように作られているはずなのだから。
セシル様の攻略方法はよく分からないままだったが、何にせよフィオナとかいう女は邪魔である。私のセシル様にべたべたしないでほしい。
日付を見ると今日は転校初日。ゲーム開始の日付であった。メアリとして生き始めるには最高の日だ。
軽くなった身体でスキップして、私は学園へ向かう。
浮かれた私はあまりにも愚かで、この先が幸せに溢れていると信じて疑わないのであった。
こんなキャラ設定を見て、一体誰が魅力的なキャラだと興味を持ってくれるのだろう。男を引っ掛けて金をふんだくっているデブスキャラが出てくる漫画はいくつもあるが、現実はそう優しくはない。芽愛に周りがかける言葉は、蔑みや憐れみ、それから嫌悪と言ったものが多い。
デブでブス。最悪の組み合わせである。デブだけなら痩せればどうにでもなるが、ブスは整形でもしなければどうにもならない。整形メイクだとかいうものもあるが、あんなので可愛くなるのはメイクすれば可愛くなる程度の不細工なのだ。私のように腫れぼったく大きな唇や鼻、左右非対称に並んだパーツはメイク程度ではどうにもならない。笑えばヒキガエルと言われ、走れば五月蠅いと言われる。静かに息を殺していれば「不細工なんだからせめて愛想を良くしろ」と言われる。クソだみんなクソだ。ブスにはみんな冷たいくせに。誰も優しくしてくれないから愛想の一つも振りまけないような歪んだ性格になったんだろうが。ブスにでも平等に優しければ私だってもっと誰からも好かれる性格になっている。クソだ。
現実から逃れるように、学校から帰ればSNSに籠りゲームに没頭した。特に育成ゲームやノベルゲームは好きだった。「正解」さえ選べば皆主人公に優しくしてくれる。現実で誰からも優しくされない分、架空のキャラクターから与えられる優しさは毒だった。
過剰なまでにのめり込んだ。好きなキャラと結ばれてハッピーエンドを迎えるまで、なかなかゲームを止められなかった。徹夜したせいで寝坊して学校を休むのは何度もやったし、授業中に死んだように寝て、周囲から笑われていたなんてことも珍しくなかった。そうして過ごしていくほどに現実とゲームの中の差は激しくなっていって、ゲームの世界から現実に目を向けるのが嫌になっていった。
鏡を見ればブスがいる。鏡に映り切らない肉がある。それがストレスで食べる。余計に太ってもっと不細工になる。またストレスになって食べる。太る。その繰り返し。とうとう人前に出ることも出来なくなって、学校も行くことすらせず、ひたすら部屋に引きこもった。そんな時に出会ったのが「Chipped Jewel」というタイトルの乙女ゲームである。ネットで話題になっていたから勢いで購入してしまったのだが、とにかくキャラのビジュアルが良かった。最初に攻略できるキャラの「レイ」もオッドアイで綺麗なのだが、特に気になったのは「セシル」というキャラである。容姿はレイが一番目立っていたので最初はそこまで気にしていなかったのだが、レイの攻略中に出会った二人のやりとりを見ているうちに、その容姿に籠められた美しさに気が付いてしまったのだ。
そもそも私は金髪青目のキャラが好きだ。それはそれは好きだ。オタク用語で言うところの性癖というやつである。セシル様――いつの間にか様付けで呼んでいた――光の当て方によって色をわずかに変える金髪も、宝石を埋め込んだような瞳も、優しさを貼りつけたような笑みも性癖にドンピシャなのであった。
セシル様のビジュアルが素晴らしいのは語り始めるとキリがないのだが、問題は彼の設定なのであった。サイトで公開されている設定を読むと、どうやら彼は双子の姉を愛しているらしい。乙女ゲームなのに一体どうなるのだろう。本当にヒロインと結ばれるのだろうか。双子の姉のフィオナについての設定はほとんど公開されていないから、ストーリーについて予想がしづらい部分はある。しかしフィオナとかいう女が横暴に彼を操っているのだとしか思えない。
それにしても、数枚公開されているセシル様のイラストの半分以上にフィオナがいるのは何なのだ。一体何を見せつけられているのだ私は。私はセシル様と結ばれたくてこのゲームの攻略をしようとしているのに、どうして他の女を抱きしめている絵面を見せつけられているのだろう。このゲーム、本当に展開が分からない。
ストーリーに関しては不安であったが、やはりセシル様のビジュアルの素晴らしさには勝てなかった。レイの攻略をすぐに終わらせ、セシル様の攻略を始めようとした。彼の秘密や彼の家の立ち位置が明かされ、心臓がどきどきと音を立てるも、その興奮は突然邪魔をされることになる。クラスメイトを名乗る女から電話がかかってきたのだ。
「メアちゃん。ずっと学校に来ていないから心配でぇ」
心配なんかしていないくせに。ブスブスデブスと言って散々馬鹿にしてきたのはお前だろうが。ちょっと可愛いからって男にチヤホヤされて良い気になって、私を楽しんでいじめてきたのはお前だ。どうして私の世界まで壊そうとしてくるのだ。
可愛いからって調子に乗るなよ。そう言って電話を切った。こんな捨て台詞は、ここが家で自分の気が大きくなっていたから吐けたものだ。学校で直接言えるものではない。しかしどうせ学校には行かないのだ。腹が立ったことも、セシル様と結ばれれば忘れることができるだろう。そう思っていたのだが、再び邪魔が入った。母さんだ。
「めあ、ちゃんと学校に友達がいるんなら、ゲームなんかしてないで学校行きなさい」
母さんには私が学校でいじめられていることを伝えていた。しかし理解されなかった。だから平気で学校に行けと言い、ゲームを取り上げようとする。
「こんなゲームやめちゃいなさい」
母さんの手がゲーム機に触れようとする。咄嗟にゲーム機を抱えると、彼女は呆然としたように私を見ていて、「ああ、理解されないのだ」という言葉が頭を巡った。家にも居場所はない。
母さんを半ば突き飛ばすようにして、家を飛び出した。どたどたと走り醜い顔を歪ませる私はきっとみっともない。
容姿さえ美しければ。学校でいじめられることもなく、笑うだけで周囲を虜にできるのに。どれだけ人生が楽になることだろう。私だって美しければ、もっと真っすぐに生きて人生を謳歌しているはずなのに。神様は人間に平等を与えようとしない。神様がいたら恨んでやる。来世は私を美人にしろと脅してやる。
神を呪ったせいか、私は直後に事故に遭った。そして目覚めたときには「メアリ・ルベライト」の中に入り込んでいたのである。メアリは「Chipped Jewel」の主人公なのだが、名前が少しだけ似ているから、購入した時は自分が美人の主人公になれたようで嬉しかった。そして今のメアリは私だ。私なのだ。
鏡を見ると、ゲームやアニメを鑑賞するたびに憧れていた人形のような容姿がそこにあった。ああ、私は可愛らしい美人になれたのだ。これで人生イージーモード。誰からも愛されて幸せになれる。セシル様だって振り向いてくれるに違いない。だってこのゲームは、このメアリのためのゲームなのだから。私が一番幸せになれるように作られているはずなのだから。
セシル様の攻略方法はよく分からないままだったが、何にせよフィオナとかいう女は邪魔である。私のセシル様にべたべたしないでほしい。
日付を見ると今日は転校初日。ゲーム開始の日付であった。メアリとして生き始めるには最高の日だ。
軽くなった身体でスキップして、私は学園へ向かう。
浮かれた私はあまりにも愚かで、この先が幸せに溢れていると信じて疑わないのであった。