あの女、やってくれたな。そんな言葉ばかりが、頭を巡る。

 フィオナをしばらく一人にしてやろうと庭を歩き、夜遅くなってから部屋に戻ると、彼女は疲れ切って眠っていた。寝顔を覗き込み、鼻にかかっていた髪をそっとどかしてやると、泣いた痕が頬に残っているのが分かる。

 彼女がどんな状況で何を言われたのかは、使用人から聞いた。メアリの勝ち誇った笑みは想像するに容易く、フィオナの引き裂かれた心もまた、手に取るように分かった。

 フィオナにはセシルしかいない。彼女が自分の存在意義をセシルを生かすことにしか見出していない以上、メアリの存在は彼女の生きる価値を揺るがすものでしかない。だから、メアリが厄介だという話はすれども、あの女が聖女であることも、魔力を与えられたことがあることも伝えたくなかったのだ。

 今日は課外授業で外に出ているとフィオナに伝えていたが、本当はメアリの素性を探るために出歩いていた。聖女らしい活動はまだほとんどしていないということと、貴族が侍女に産ませた子どもだということしか掴めなかった。

 どうせ、目ぼしい成果は出なかったのだ。それなら今日一日家にいた方が良かった。フィオナに嫌な虫が寄り付かないように、側にいて守ってあげればよかった。メアリが押しかけてくるなんて想像ができなかったとはいえ、肝心な時に傍にいてやれなかったことが悔やまれる。

 だけど、もし。あの宿泊会で「セシルに好きな人がいる」と知られたことが、あの女がここに押しかけてくる動機になったのであれば、それはセシルの責任だ。怒りで己のコントロールが難しくなり、秘密に繋がりかねないことを話してしまったことが、彼女を傷つけることに繋がったのであれば。彼女の心は、自分で取り戻さねばならない。

「フィオナ、ごめん」

 眠っている者に謝ったところで聞こえるわけでもない。ただ、取り乱した彼女に向かって謝っても、聞いてくれやしないのだ。今の方がまだ、届くような気がした。

 フィオナは必要だ。生きるために、というのも勿論あるけれど、それ以上に、自分の心の奥底が欲している。胎の中にいたときからずっと共にいた片割れである以上に、彼女にもう長いこと、恋をしている。