あれからどれくらいの時を共に過ごしただろう。

 山に時折生まれる"穢れ"は、銀花(ぎんか)によってその身に封じられ、溜まった穢れは、"真の(つがい)"となった(ゆずりは)によって完全に浄化される。

 そうやってふたり、永遠に終わることのない時を優しく育んでいく。

 季節は廻り、春夏秋冬。廻る季節を繰り返す。

銀花(ぎんか)様、おかえりなさい」

「ただいま。今日は何をして遊んでいたんだい?」

 自分の姿を見るなり駆け寄って来た愛しい者たちを、銀花(ぎんか)は腕を広げて抱き止める。ひとりは胸に、ひとりは右脚に飛び込んできた。

「おかえりなさい、銀花(ぎんか)様! 今日は(ゆずりは)と隠れ鬼をしました!」

「ふふ。私は、すぐに見つかっちゃいました」

 足にしがみ付いて見上げてくる幼子に微笑み、銀花(ぎんか)は右手でそっと小さな頭を撫でた。

 赤い瞳、白い髪の毛。自分の分身である幼子は、(ゆずりは)が望んだことで生まれた存在。

 ひとの子とはまた違い、あくまでも神である銀花(ぎんか)から作り出された分身体なのだ。

 だが、それは自分を神として崇拝する者が望まない限り、生まれない。(ゆずりは)が強く望んでくれたことで、存在することを許されたのだ。

 神狐の分身として生まれた幼子は、ひとの子よりも成長が遅く、十年以上経っているのにまだ五歳くらいにしか見えない。

 (ゆずりは)は"真の(つがい)"として、その身は老いることなく出会った頃のままだった。その純真無垢な性格も変わらず、いつまでも可愛い花嫁なのだ。


❅❆❅❆❅❆❅


 幾度となく身体を重ねているのに、いつも初めてのような恥じらいを見せてくれるので、銀花(ぎんか)はその度に優しく宥め、言葉を尽くす。

「もう少し先の事になるが、氷雨(ひさめ)に、次の山神を任せようと思う。いずれこの山を離れることになるが、それでも俺の傍にいてくれるか?」

 ぼんやりとした瞳に銀花(ぎんか)を映して、(ゆずりは)は少しだけ悲しそうな顔をした。

 山神の代替わりは、次の山神を指名することで完了する。それはつまり、氷雨(ひさめ)との別れを意味していたからだ。

 情事の終わった(しとね)の上で、乱れた単衣を直すこともせずに、(ゆずりは)はじっと見つめてくる。

 その姿は淫らなのにどこか美しい。肩から半分ずれ落ちている単衣。赤く腫れた唇。潤んだ瞳に残る涙の痕。(うなじ)にある、(つがい)の印である三日月の痣。首筋や太ももに残った赤い印も。

 全部、銀花(ぎんか)(ゆずりは)を愛した証だった。

「私、は······銀花(ぎんか)様の花嫁です」

「ああ、そうだな。俺の可愛い花嫁だ」

氷雨(ひさめ)様、は······可愛い銀花(ぎんか)様の分身、です」

 (ゆずりは)は眠たそうに瞼を半分閉じて、そんなことを言う。

(その言い方だと、俺が可愛いということになるが····まあ、いいか)

 細かいことは気にしない銀花(ぎんか)は、今日も俺の花嫁は可愛いな、と(ゆずりは)の乱れた衣を直し始める。その手をぎゅっと掴んで、ふふっと小さく笑う(ゆずりは)は、おそらく眠りに落ちる一歩手前だろう。

「······銀花(ぎんか)様、愛しています」

 愛して欲しい。そう、ずっと昔に願った。今は、こうやって毎日のようにお互いに伝え合う。その感情を(ゆずりは)が理解した時、ふたりはやっとひとつになった。そうなるまでかなり時間を要したが、銀花(ぎんか)は辛抱強く待ったのだ。

「ずっと、一緒、······です」

「ああ、そうだな。ずっと一緒だ」

 愛しい花嫁の唇にそっと口付けをし、何度も誓い合った永遠を約束する。

「愛している、(ゆずりは)

 何度も何度も。何度でも。繰り返す、言葉。
 唯一無二の(つがい)である、愛しいひと。
 どうか、ずっと傍にして欲しい。

 いつか朽ちてしまう、その瞬間まで。


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 それから数十年後、立派な青年の姿に成長した氷雨(ひさめ)は、銀花(ぎんか)から山神の代替わりの指名を受ける。十分に神気を溜め込んだ分身体は、神狐としても申し分ないだろう。

「俺たちはここを離れ、別の場所で静かに暮らす。この役目は、"穢れ"が無くならない限り続くだろう。間違っても荒神になどなるなよ、」

「肝に銘じます。でも俺にも(ゆずりは)みたいに可愛いお嫁さんが来てくれるかな?どうしよう、厳ついお嫁さんだったら····」

「その時はお前が愛してもらえばいい。そう思うだろう、(ゆずりは)

 秀麗な顔がふたつ並んで、(ゆずりは)を見つめてくる。少しだけ幼さが残るのが氷雨(ひさめ)で、凛としている方が銀花(ぎんか)だ。いつからか見分けがつかないくらいふたりはそっくりなのだが、性格はまったく違うようだ。

「はい、どんな方がお嫁さんでも、愛してあげてください!」

 急に訊ねられ、(ゆずりは)は慌てて言葉を返す。変なことを言ってしまっていないか不安だったが、ふたりの反応を見るに問題なかったようだ。

(ゆずりは)が言うなら、そうする」

 にっと満足そうに満面の笑みを見せて、氷雨(ひさめ)は頷いた。

「どうか、無事に、おつとめが果たせますように。そして、たくさん愛してもらえますように、」

 (ゆずりは)氷雨(ひさめ)の手を取り、眼を閉じて祈るように言葉を紡ぐ。ずっと、三人でいられると思っていた。いつかは離れなければならないと知っていたけれど。それでも、本当に自分の子のように大切にしてきたのだ。

 そんな大切な子に、幸せになって欲しいと願うのは、当たり前だろう。

「ふたりは一生、離れずにいてね。次に逢いに行く時にその方が楽だから!」

「はい、一生離れません!」

 ぎゅっと銀花(ぎんか)の腕にしがみ付き、自信満々の表情で(ゆずりは)が答える。銀花(ぎんか)氷雨(ひさめ)はそんな様子を眺めつつ、お互い頷いた。

「では、しばしの別れだ」

 (ゆずりは)を抱き上げ、銀花(ぎんか)は空へと飛びあがった。一瞬で領域を離れ、その先に広がる景色に目を細める。あの時と同じ、真っ白な雪が山を染めていた。春も夏も秋も冬も、一緒に見てきた。何度も廻る季節を、永遠ほど。

 知らなかった外のセカイは、今でも興味が尽きることはなく、いつだってはじめてを(ゆずりは)に与えてくれた。ぎゅっと首に抱きついて、銀花(ぎんか)に甘える。寂しい。寂しくて泣きそうだ。

「泣いてもいい。故郷を離れるようなものだ。ひとは、こういう時に感慨深くなるものだと聞く。だが、そう嘆くこともない。氷雨(ひさめ)も無事に役目を終えたら、また逢える。俺たちにはいくらでも時間があるからな」

 慰めてくれているのだろう。銀花(ぎんか)は頬を寄せてぬくもりを分けてくれた。どんなに時間を経ても、変わらない気持ち。そんなものがあるなんて、知らなかった。きっと、これから先も離れることなく、傍にいてくれると信じている。

 生きるのも、一緒。
 死ぬ時も、一緒。

 それが、神の(つがい)となった者の宿命。(ゆずりは)にとって、それは僥倖だった。いつか本当の終わりが来た時、傍にいられるなら、いい。こうやって、抱き合って死ぬのも、いい。

 永遠に廻る季節を、ふたり。
 終わらない物語を、紡ぐ。

 それは、四季折々に揺蕩う、"あなた"に恋焦がれる物語。
 春夏秋冬、"あなた"を想う。

 これは孤独な神と、それに触れたひとりの少年の、終わることのない永遠の物語である————。



~ 冬の章 了 ~




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最後まで読んでくださり、ありがとうございましたm(_ _)m

柚月なぎ

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