「この人間に手を出してみろ。その時は私が貴様らを食らってやる」


月冴の一言で空気が冷えきり、威圧感に肌がビリビリした。

あやかしが人の世界にまぎれるのは容易だが、その反対はほぼ不可能とされている。

入り込めばすぐにあやかしたちの餌食になるところを、月冴は押しつけられた側なのに守ってくれた。

それだけで胸が熱くなるのに、どこか冷静な気持ちもあった。


(生きてここに来た私が珍しいだけ。……嫌な考えになっちゃう)


「はじめてのことに興味がそそられるだけなのか」

月冴の呟きに顔をあげると、「いや」とすぐに否定して月冴は息を吐く。


「決めるのはお前だ。だがいつまでも自分を認識するのを避けるのはやめろ」

まっすぐな言葉に私はまだ怯えてしまう。

弱虫な私は見捨てられて当然なのに、月冴はそれ以上何も言わずに私の手を引いた。

あやかしたちが隙あらばと息を潜める中で、少女は深くお面に顔を埋め、カラコロ鳴る下駄の音だけに耳を傾けた。



(顔が見えなくてよかったなんて)

養父の後ろ姿に振り返ってほしいと願い、せっせと足を走らせてきた。

それなのに今は月冴に振り返ってほしくないと願っている。

いっそ手が離れてしまえばすべてにあきらめがつくのに……。


鼓門から出ると街が一瞬にして暗闇に消えた。

再び灯火の道を進もうとしたとき、ふと暗い感情に押しつぶされそうになった。

足を止めると月冴が眉をひそめて振り返り、少女を見下ろした。


「私を死なせてください」

「何? 」

少女の願いに月冴は低い声で咎める。

背中ではない、向き合った状態に少女は苦しくなってか弱い声で陰る思いを訴えた。


「私は贄として死ぬためにここに来ました。どうかキレイな思い出のままで死なせてください」

「ならぬ」

「え?」

一呼吸も間を置かないまま、月冴は少女の腕を引き寄せる。

乱暴なようでやさしい触れ方に少女の琴線が震え、伝わってくる体温に唇を丸めた。


たわむれに灰桜ごしに背中を撫でられると恥ずかしさに息が止まる。

月冴の行動すべてに泣きそうになれば、お世辞にもキレイとは言えない少女の黒髪を月冴は戯れに指で梳いた。


(やだ……。月冴様みたいなキレイな方に触れられると悲しくなる)

ごわごわして指ざわりが良くないし、手は荒れてざらついている。

洗練された美しさを持つ月冴と並ぶ資格すらない。

誰かに見られたくないと思ったのはこれがはじめてで、とても苦しいことと知った。