「ここまで辿り着くまでに世界が変わる圧力に負けて死ぬ。お前は例外のようだが」


愛想のない声に少女は物寂しくなり、男に手を伸ばしてみた。

どうせ食われてしまうのならば、誰に見られたかを知って消えたい。


「あなたは誰ですか?」

これはあきらめと、わずかな興味だ。

男の目が驚きに満ち、一瞬のためらいの後、温度が下がる。

美しい顔がさみしく見えるのは、他の人にとっても同じだろうかと少し興味がわく。


「人間は私を土地神と勘違いしているようだ」

「土地神様……?」


少女と生贄の意味が繋がった。

山のふもとから歩いて四半刻(15分)ほどの場所に大きな村があり、凶作に悩むと生贄を差し出す風習があった。

洞穴に石棺があり、生贄を寝かせれば人知れずに消えていく運命をたどる。

棺に生贄を置いた瞬間に外に弾かれるので、誰一人生贄の行く末を知らなかった。

それが土地神様に生贄を送れた証明として、祈りが届くと歓喜に舞いあがっていた。



(少しはお金になったのかな。おじさん、ちゃんと生きていけるかな)


捨てられたとわかっていながら思うのは養父の後ろ姿。

傷ついたはずなのに、嫌いだと断言できない虚しさに目を閉じた。


「お前、泣かないんだな」


男に手を掴まれ、少女は目を開くと視線を滑らせて白い肌を見る。


(キレイな手。私と大違い)


野草をとってかぶれて腫れたこともあった。

ぐうたらな養父を支えるために畑仕事にも勤しんできた。

冷たい水で手を洗えばあかぎれに染み、そっと手を擦り合わせた。

そうして男の美しさに飲まれていると、男はクックと喉を鳴らしておかしそうに目を細める。


「月冴(つきさ)だ。そう呼ばれることが多い」

「月冴……さま?」

それだけの響きに胸が高鳴った。

少女が持たない固有名詞。

耳にスッと入ってくる響きに月冴は鼻で嗤ってから立ち上がる。

裸足で大股に部屋を出ると、振り向いて一言「生かしてみようか」と呟いた。