「言いたいことはあるか?」


動揺の残る村人たちを顎でさし、月冴は少女の意志を問う。

それに対し、少女は淡く微笑んで首を横に振り、月冴の袖を掴んだ。

「この人たちに伝えたいことはありません。私の感情は向けたい人、向けるべき人に知ってもらうためにあります」

「そうか」

ならばよい、と月冴は少女の頭を撫でると退屈そうに村人の目を向ける。

あまりの迫力に村人たちは身をすくめ、一斉に膝をついて畏怖に震えた。

圧倒的な美しさとオーラ、月冴を直視出来ないと村人たちは冷や汗を流していた。


「私は土地神ではない。ただのあやかしだ」

「待ってくだせぇ! なら今年の冬はどう乗り越えりゃあいいんです!?」

「あなた様は豊作の神! 荒ぶる面を鎮めるために棺に贄を……」


突き放す口調に村人は青ざめ、慌てて顔をあげて月冴に救いを求める。

だが月冴の瞳孔が鋭くなったと気づくと、うろたえて腰を抜かしてしまう。

村人たちのまわりを火の玉が囲み、月冴は冷笑を浮かべて下駄をカラコロ鳴らした。

あやかしらしいイタズラな笑みをして、凍りつくほど底知れぬ声で警告を口にした。


「生贄とは言いわけを作るために生まれた慣習だ」

手のひらの上に狐火が浮かび、村人の前にしゃがみこむと顔面スレスレにまで火を近づける。

ガタガタと震えおののく村人に月冴は強者の顔をした。


「私はあやかしを封じるため、最初の贄となった。女狐が村を荒らしたのがはじまり。凶作と何の関係もない」

「で、ですが土地神様に生贄を捧げれば救われると……」

「ならばハッキリと言おう。私はお前たちを救う気はない」


泥のように身体にまとわりつく声で月冴は呪いを吐き出していく。

女狐は身体を欲して生贄を喰らい、月冴のもとに死んだ者たちを送り続けたこと。

日に日に増す妖力と、女狐に縛られて送った日々。

絶望して死にゆく者の嘆きに答えたくもなると、月冴はこれまでの鬱憤をまき散らしていた。



(月冴さまはなんでもないように語ってくれたけど)


その苦しみは想像を絶するものだっただろう。

妖力が強くなり、あやかしとしても孤立する。

怨念と化した女狐が身体を欲して生け贄を喰らい、絶望のなかで亡くなった骸だけが棺にあふれだす。

終わりの見えない孤独のなか、あやかしの世界に一人。


(巫女の血。月冴さまを助けられたのなら、私はこの血を誇りに思う)


重たい影を背負う月冴に手を伸ばす。

この手は愛しい人の手を取るためにあると知り、少女は怒りも悲しみも月冴のために抱きたいと胸を焦がした。


「女狐に渡しません。私が月冴さまを一人にしませんから」


そっと月冴の背に頬を寄せ、目を閉じてあたたかさを分け合う。

見つけることの出来なかった本音は近くにあった。


「自分たちでなんとかしてください」

少女は顔をあげ、月冴の手を掴むと立ち上がり不敵に笑う。


「月冴さまにお願い事をしてもいいのは私だけです。 月冴さまの願いは、私が叶えますから」


これ以上、月冴を傷つけさせない。

見苦しい欲をぶつけられるなら、何度だって弾き飛ばしてみせる。

少女は月冴の手を引いて後ろから抱きしめた。

体勢を崩した月冴がキョトンとした後、クスクスとくぐもった笑い声をあげる。


「本当に、お前はよく変わる女だ」


月冴は立ち上がると少女と向き合い、白く長い指先で少女の輪郭をなぞった。

蒼の瞳がいつもよりあたたかく見えて、くすぐったい甘さに少女は花のように笑った。

毒気を抜かれた月冴は少女の身体を抱き上げると、村人たちを囲んでいた狐火を消す。

「しっかりと掴まれ」

「はい」

この腕に抱かれると不安は消し飛んでしまうと知り、少女はもっと月冴に近づきたいと願った。

ようやく養父や村人たちに感じていたものを理解して、受け止め方がわかった。

ずっと悲しくて、悔しくて、腹を立てて恨み言を言いたかった。


(私にはもう必要のないもの)

大切にしてくれない人の背中をいつまでも見つめてはいられない。

隣に並んでくれる人の手をとり、どの道へ進もうかといっしょに悩んでいける関係が欲しかった。

月冴の首に腕をまわし、肩に顔をうずめると気づかれないように静かに涙を流した。



それ以降、村で土地神に生け贄を捧げることはなかった。

不作が続いても村人は諦めずに生き抜く道を選んだらしい。

土地神への信仰は続いたが、自然と共存していく道に進む。

もうこの村に来ることはないが、平穏に暮らしていけますようにと、最後のやさしい祈りを残して少女はサヨナラを告げた。