「つっ……椿に何をした!?」


椿から想いが返ってこないことに焦った男は、やけくそになって月冴に目くじらをたてる。

あまりに無様な姿に椿はカッとなり、月冴に手出しをさせまいと手を伸ばす――が動きを止めた。


「月冴さまに触れないでください」

椿より先に少女が前に出て、男の手を振り払った。

「なんだキサマ! 小汚い女め!」

少女の抵抗に、男は隠しきれなくなった傲慢さと支配欲で殴りかかろうとした。


――別に殴られることは平気だ。

痛いよりも、月冴に危害を加えられる方がもっと嫌だった。


痛みに対して諦めの強い少女だが、歯がゆさを感じて少女のために動いてくれることはうれしかった。

自分よりも他の痛みに憤りを抱いて得なことはないのに、月冴も椿も躊躇がなかった。


「あんた本っっっ当に軽蔑するわ!」


椿が男の頬を平手打ちし、月冴は少女の手を引いて盾になる。

男は頬を手でおさえ、わなわな震えて裏返った声で吠えた。


「嘘だ! 椿がこんな態度を取るわけがない! 椿は……!」

「もっと従順で可愛げのある存在だった、とでも言いたいの?」


愛想が尽きたと言わんばかりに椿は男にほくそ笑むと、滑るような動きで男の手首を掴みあらぬ方向へ捻る。

男は激痛に叫び、椿に殴りかかろうとしてからすぐに後ずさった。


「お前ぇ、何を!!」

「わたしね、もう自分に嘘はつかないことにしたの。あなたが知ってる椿は死んだ」


男を睨む姿は椿の葉のように鋭く固い。

決別に男は敗北を悟り、地面に両手をついてうなだれる。

椿は見向きもせず、村人たちに見せつけるように月冴を「土地神様」と呼んで頭を垂れた。

「お見苦しいところを。申し訳ございません」

「いや、いい。お前は答えを出せたようだ」

月冴の言葉に椿はようやく儚い笑みを浮かべることが出来た。

それもほんの一瞬のことで、すぐに寒さのなかでも鮮やかに咲く花のように凛と微笑んだ。


「旅に出たいと思います。この村は私にはつまらない」

「そうか」

「はい」


やっと……と息をつき、椿は月冴に庇われた少女と目線を合わせる。

いつか見た可憐な娘と同じ優しい色に心臓をわしづかみにされ、目尻に涙を浮かばせた。


「あなたも、幸せを選んでね」


それだけ言うと椿は村人たちを一瞥し、切なく目を閉じ未練を捨てきって村から去っていった。

少女はたくましく生きる道を選んだ椿の背を見送り、言葉に出来なかった感謝を送り続けた。