「どうし……」
月冴に手を伸ばし、自分の身長にあわせるように引き寄せる。
「月冴さまを譲りたくない! 私だって! 私だってっ!!」
諦めたくないと、この場で言いきってしまいたかった。
見返りを求めるのはやめられない。
その恥も受け入れて月冴に見てほしいと叫び、胸の締めつけを感じながら目だけは反らすものかと意固地になった。
「ずいぶんと長湯だったようだが」
強引に話題を変えようとされ、無視されたことにショックを受けるも、気を取り直して挑戦的に月冴の目を追った。
「一時的な衝動かもしれません。ですがどうか無視をしないでください」
「……」
物言わぬ月冴に少女はするりと月冴の頬を撫で、指先を首筋に滑らせた。
薄い唇に釘づけとなり、月冴から感じる濡れた吐息に身が震えた。
「あの女にでも会ったか」
図星をつかれ、少女はゆっくりとうなずく。
すると月冴は長く息を吐きだして目元を手で覆う。
ためらいがちに手をおろすと、少女の唇に指を落とした。
「あの棺は呪いだ」
(呪い?)
この発言はまっすぐだ。
ちゃんと向き合いたいと、少女は口をきゅっと結んだ。
「土地神とはあながち間違っていない。あの棺は狐を封印したものだった」
「狐?」
月冴が目を伏せ、身を丸くして少女の背に手を回す。
耳元に触れた息はそよ風のようだった。
「私の生まれは神事を行う家だった。村で悪さをする狐がいて、身に宿して封印をしようとした」
それはかつて月冴が人間であり、どんな生き方をしていたかを指していた。
「狐を封印出来たものの、妖力だけは私の中に残った。その狐は……」
そこまで口にして月冴は咳払いをし、少女の着物をくしゃりと握りしめた。
手の強張りに少女は頬をすり寄せ、月冴を抱きしめた。
月冴は気まずそうに少女の肩に顔を埋めると、恥ずかしさにかすれた声を出した。
「メスの狐だったんだ」
「メス……」
口にし逃げられないところまで月冴は自分を追い込んだ。
落ちつきなく指先で少女の髪をかきよせる。
「あの棺は狐の身体が収められたもの。魂は執念深く、新たな肉体を欲するようになった」
「じゃあ村近くにあった棺は……」
「そう、狐は私を孤立させようとした。そして女を贄に求めて身体を手に入れようとした。自分にあう身体が見つかれば魂が戻り、妖力を取り戻せるとでも考えたんだろう」
そうしていくつもの屍が棺を通じて月冴の前に現れた。
誰一人、あやかしの世界に生きてたどり着くことは出来なかった。
葛藤するのも忘れるほど長い年月が経ち、決まり事を崩したのは少女だった。
名前のない空っぽな娘。
狐が依り代に求めそうな手ごろな娘だと思ったと月冴は告白した。
「狐に乗っ取られた娘ではないかと疑った。だがいつまで経っても狐は顔を出さない。それどころか気配も消えていた」
どういう意味だろうと首を傾げれば、月冴が困り果てて顔をあげた。
「お前はお前でしかなかった。……椿が来たことで確信した」
狐の身体は朽ちて、魂も生け贄を求めて殺すことはないと。
「私の中に妖力は残っている。あやかしであることは覆せない。だが狐がどこに消えたか、それだけがわからなかった」
「どうして……消えたのですか?」
少女の問いに月冴は唇を開いて眉根を寄せた。
「お前が打ち払った。お前は今までの贄と違って、巫女の血を引いていたんだ」
「巫女……?」
「それを村人は知っていた。普通の娘ではダメだと思ったのか、自覚のない巫女を差しだしたんだ」
少女の亡き両親は巫女の家系だと、月冴はわざわざ調べたそうだ。
巫女の血をひく娘が生贄となる際、狐の魂を取り込んで滅した。
月冴はようやく灰のように積み重なった息苦しさを手放した。
月冴に手を伸ばし、自分の身長にあわせるように引き寄せる。
「月冴さまを譲りたくない! 私だって! 私だってっ!!」
諦めたくないと、この場で言いきってしまいたかった。
見返りを求めるのはやめられない。
その恥も受け入れて月冴に見てほしいと叫び、胸の締めつけを感じながら目だけは反らすものかと意固地になった。
「ずいぶんと長湯だったようだが」
強引に話題を変えようとされ、無視されたことにショックを受けるも、気を取り直して挑戦的に月冴の目を追った。
「一時的な衝動かもしれません。ですがどうか無視をしないでください」
「……」
物言わぬ月冴に少女はするりと月冴の頬を撫で、指先を首筋に滑らせた。
薄い唇に釘づけとなり、月冴から感じる濡れた吐息に身が震えた。
「あの女にでも会ったか」
図星をつかれ、少女はゆっくりとうなずく。
すると月冴は長く息を吐きだして目元を手で覆う。
ためらいがちに手をおろすと、少女の唇に指を落とした。
「あの棺は呪いだ」
(呪い?)
この発言はまっすぐだ。
ちゃんと向き合いたいと、少女は口をきゅっと結んだ。
「土地神とはあながち間違っていない。あの棺は狐を封印したものだった」
「狐?」
月冴が目を伏せ、身を丸くして少女の背に手を回す。
耳元に触れた息はそよ風のようだった。
「私の生まれは神事を行う家だった。村で悪さをする狐がいて、身に宿して封印をしようとした」
それはかつて月冴が人間であり、どんな生き方をしていたかを指していた。
「狐を封印出来たものの、妖力だけは私の中に残った。その狐は……」
そこまで口にして月冴は咳払いをし、少女の着物をくしゃりと握りしめた。
手の強張りに少女は頬をすり寄せ、月冴を抱きしめた。
月冴は気まずそうに少女の肩に顔を埋めると、恥ずかしさにかすれた声を出した。
「メスの狐だったんだ」
「メス……」
口にし逃げられないところまで月冴は自分を追い込んだ。
落ちつきなく指先で少女の髪をかきよせる。
「あの棺は狐の身体が収められたもの。魂は執念深く、新たな肉体を欲するようになった」
「じゃあ村近くにあった棺は……」
「そう、狐は私を孤立させようとした。そして女を贄に求めて身体を手に入れようとした。自分にあう身体が見つかれば魂が戻り、妖力を取り戻せるとでも考えたんだろう」
そうしていくつもの屍が棺を通じて月冴の前に現れた。
誰一人、あやかしの世界に生きてたどり着くことは出来なかった。
葛藤するのも忘れるほど長い年月が経ち、決まり事を崩したのは少女だった。
名前のない空っぽな娘。
狐が依り代に求めそうな手ごろな娘だと思ったと月冴は告白した。
「狐に乗っ取られた娘ではないかと疑った。だがいつまで経っても狐は顔を出さない。それどころか気配も消えていた」
どういう意味だろうと首を傾げれば、月冴が困り果てて顔をあげた。
「お前はお前でしかなかった。……椿が来たことで確信した」
狐の身体は朽ちて、魂も生け贄を求めて殺すことはないと。
「私の中に妖力は残っている。あやかしであることは覆せない。だが狐がどこに消えたか、それだけがわからなかった」
「どうして……消えたのですか?」
少女の問いに月冴は唇を開いて眉根を寄せた。
「お前が打ち払った。お前は今までの贄と違って、巫女の血を引いていたんだ」
「巫女……?」
「それを村人は知っていた。普通の娘ではダメだと思ったのか、自覚のない巫女を差しだしたんだ」
少女の亡き両親は巫女の家系だと、月冴はわざわざ調べたそうだ。
巫女の血をひく娘が生贄となる際、狐の魂を取り込んで滅した。
月冴はようやく灰のように積み重なった息苦しさを手放した。