(本当に? 私は怒っていないの?)

そもそも怒りとはどういうものか。

何度も苛立つことはあり、これを怒りと呼ぶのも知ってる。

だが持つべき怒りがないと、月冴は少女の鈍さを指摘した。



椿の挑発にのって吐き出した怒りは、月冴が指す怒りと何が違うのか。

先ほどよりかは詰まりが取れた気はする。

決して心地よいものではないと、もう一度怒りをぶつけるとなれば嫌だと少女は首を横に振った、


「私は……」

「ストップ。それ以上はわたしに言うことではないわ」


興味はないと手で制止し、椿はお湯を腕にかけて肌に滑らせた。


「自分の気持ちもわからない子に負けたりしない。ちゃんと伝えてくれた相手に本気で向き合っていないんだもの」

「ちがっ……!」

「わたしはあなたにやさしくしない。自己憐憫に酔っていないで、戦うなら怒りだってコントロールしてみなさいよ」


険しい表情をして、「わたしはコントロールをする気もないけれど」と言葉を付け足した。


「許せない人がいる。生贄なんてくだらない」


あいつらを許せないからと、瞳に炎を灯す。

まるで地獄の業火のようで、憎悪に揺れるさまは苛烈だった。


「それじゃあわたしは上がるわね。あなたはゆっくり湯に浸かってちょうだい」


湯けむりは顔を隠すにはちょうどいい、と皮肉をこめて。

椿はタオルで隠すこともなく、堂々とした歩みで去っていく。

少女は酸素を思いきり吸い込み、湯の中にもぐりこんでどうしようもない葛藤を叫んだ。


(いいのかな? 月冴さまは受け入れてくれる? こんな醜い感情……)


――ずっと一人だった。

遠い目をして口にした月冴を思い出す。

今まで月冴が口に出来なかったものならば、どれだけ勇気がいっただろう。


あの勇気と同じものを少女に出せるか。

受け入れてもらえなければ、打ちひしがれて涙がとまらなくなるだろう。


(ううん。傷つくことを恐れて何も言わなかっただけ。見返りばかり求めて、本気で相手と向き合っていなかったんだ)


勝手に期待して伝える努力もしなかった。

「ありがとう」と頭を撫でてくれると夢見ていた。

何も伝えないでわかってくれると、期待を押しつけていただけだった。


(もう逃げていられない)


少女は湯から飛び出ると、髪を振り乱して温泉から屋敷に戻る。

雨の降りそうな暗雲に走り、部屋の障子扉を開いて月冴の姿をとらえた。

少女の突進に月冴は立ち上がり、少女の前に歩み出た。