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目を覚ますと知らない部屋で、清潔な布団に横になっていた。

身体を起こしてまだ痛む腹を擦りながらあたりを見渡し、行燈の灯りに時間の経過を知る。

あいまいな現実に、行燈の灯りのように生きる力が弱まっていると感じていた。


「起きたか」

落ちついた低音の声に顔をあげると、閉ざされていた襖が開く。

灰色の着流し姿に、艶やかな顔立ちの男性。

蒼玉色の瞳に少女の姿を映せば眉根を寄せ、疑念の色をにじませた。


「……はっ」

少女の顎を掴むと顔を近づけ、鼻で嗤って少女の肩を突き飛ばす。

乱暴な扱いに抵抗する力も出ず、少女は男に押し倒されて虚ろな目を向けた。


「めずらしいものだ」

「えっ?」

「どうしてやろうか。生きた贄ははじめてでな。わかりやすく煮て殺すか、引き裂いてしまおうか」


男の発言に異常さを感じ、少女は不安と諦めの板挟みに消え入りそうな声を出す。


「わかりません。何を言っているのですか?」


養父に捨てられたことは夢ではなかったようだ。

男の言葉を拾えば、生贄としてどこか不思議な世界に投げ出されたと把握できた。


(この人は誰? 私は……)

疑問が浮かんでは消え、糸が切れたかのように深い息を吐く。

最も不鮮明と感じていたのは自分の所在だった。


(捨てられた。それ以外何でもないんだ)


一度たりとも自分に実感を持てたことがないので、生贄にされた恐怖よりもあきらめの方が大きかった。


「お前は育ての親に贄として売られた」

「そう……なんですね」


大した興味もなさそうに返事をすれば、男は目を丸くし少女の肩を押すと指で顔の輪郭をなぞった。


(冷たい)

この手は少女に触れて何も思っていない。

お互いに空虚のため、少女は生贄の顔しか表に出せない。

二度と振り向いてほしい人の背を見ることも、振り返った顔が笑いかけてくれることもないと心が凍てついた。