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広い敷地を探検すれば、一人で使うには持て余す露天風呂を発見した。

少女はドキドキしながら湯に足をつけ、自分の意志で動けることに頬を熱くした。

「あ……」

湯気の向こう側に人影がある。


「あら」

そこには先に椿がおり、豊満な身体を湯であたためリラックスモードになっていた。

奥へ進もうとしない少女に椿はニコリと笑って手招きをする。


(怖い。逃げたい。でも嫌だ)

キモチワルイと思う欲求を少しでも受け入れたい。

月冴が「鈍いままでいるな」と遠回しに言っていた。

この先、月冴に答えを求めるならば鈍いままでいてはダメなのだろう。

そのままでいるのも少女は嫌だと手のひらに爪を突きさした。

お湯をかき分け、意固地になって椿のとなりで肩まで湯に浸かった。


「私が怖い?」

あだっぽい声に少女は顔をあげる。

以前は甘いビードロの声だったと思い、トーンの低さに腕を擦る。

「怖く、ないです」

「あら、そう。わたしはあの方の妻となるのよ?」

「そんなことにはなりません、……月冴さまが受け入れない」

「どうしてそんなことが言えるの?」

その言葉に少女の胸が抉られる。

さんざん押し殺してきた感情がカッと爆発し、少女は八つ当たりのように水面を叩いた。


「月冴さまは誰のものにもならない。誰も愛さない。……それくらいわかってます!」


やさしさに触れ、もしかして……と勘違いをしていた。

月冴にとっては”生きてたどり着いた物珍しい人間”でしかない。

はじめて見たことで興味を持っただけ。

いつか飽きる。

最初こそ養父は少女の手を引いてくれたが、いつしか背中を向けるだけで怠惰な姿しか見せなくなった。


少女は養父にとって、勝手に金を稼いでくる道具でしかなかった。

わかっていて、少女は振り向いてほしいと願い愚直に動いた。


月冴にとってもすぐに退屈な存在になると想像した途端、大粒の涙があふれでた。

椿はぎょっと目を丸くし、少女の悲惨な泣き方にいたたまれないと目を反らした。