数日経っても屋敷で椿に遭遇することはなかった。
顔をあわせると何を言えばいいかわからないので、不安はぬぐえないまま。
畑を作ろうと土を耕して気を反らそうとした。
「いたっ……」
クワの持ち手が逆立ち、少女の手のひらに棘が刺さる。
赤色が腕に伸びていくことに、銀世界に咲く花が脳裏によぎった。
(今はまだ……)
***
夜になると月冴が顔を出すようになった。
二人並んで縁側に腰かけ、空に浮かぶ満月を眺めて感嘆の息を吐く。
「ここの生活には慣れたか?」
「はい。……あの、椿さんは」
月冴の気づかいにうなずき、同時に胸に刺さったままの感情を吐露した。
「部屋を与えた。図太い女だ。夜になれば寝所に忍び込もうとする」
おかしな奴だと、月冴にしてはめずらしく声を出して笑った。
あまり見ることのない笑顔に、少女の心がモヤモヤして唇を丸める。
このような感情は月冴を縛りつけると、ふるっと首を横に振って口角をあげた。
「嫁ぐ覚悟と言っておられましたから。ここに来れるのは私だけではなかった。もう月冴さまはお一人ではないのです」
それが事実。
それを口にしただけなのに、月冴の眉がぴくっとあがった。
「”それ”は本気で言っているのか?」
棘のように鋭い声だ。
月冴を見ることが出来ずに肩をすくめていると、頭上からため息がした。
――強く肩を押され、少女の身体が縁側に倒れた。
顔の横に手をつかれ、真上に瞳孔を細くしたあやかしがいる。
白樺のように美しい指先が少女の唇をなぞった。
「たとえそうだとしても先に来たのはお前だ。今までここに送られた贄とお前は違う色をしている」
月冴を不快にさせる色を消そうと、炎で焼き尽くした。
残った焦げの黒さに、白さが恋しくなったと月冴は語った。
「椿は誰よりも焦げた色だ。白無垢を着ていたのは当てつけ以外の何ものでもない」
「それは月冴さまの嫁になるためで……」
「違うな。あれは憎悪だけでここに来た。それでもお前が先に来ていなければ死んでいただろう」
どういう意味、と疑問より先に月冴が物思いに沈んだ微笑みを浮かべた。
(私が先にって……。私はたまたま……)
生きてたどり着いただけだが、私より前に来た人は全員死んでいたのだろうか?
一人もいなかったとは思えず、少女は椿の冷めた顔を思い出した。
(椿さんがたどり着いたのもたまたま?)
可憐な花のようだった人が、瞳に光を失くしていた。
生きているのに、椿はまるで生きたくなかったと語るような目をしていた。
顔をあわせると何を言えばいいかわからないので、不安はぬぐえないまま。
畑を作ろうと土を耕して気を反らそうとした。
「いたっ……」
クワの持ち手が逆立ち、少女の手のひらに棘が刺さる。
赤色が腕に伸びていくことに、銀世界に咲く花が脳裏によぎった。
(今はまだ……)
***
夜になると月冴が顔を出すようになった。
二人並んで縁側に腰かけ、空に浮かぶ満月を眺めて感嘆の息を吐く。
「ここの生活には慣れたか?」
「はい。……あの、椿さんは」
月冴の気づかいにうなずき、同時に胸に刺さったままの感情を吐露した。
「部屋を与えた。図太い女だ。夜になれば寝所に忍び込もうとする」
おかしな奴だと、月冴にしてはめずらしく声を出して笑った。
あまり見ることのない笑顔に、少女の心がモヤモヤして唇を丸める。
このような感情は月冴を縛りつけると、ふるっと首を横に振って口角をあげた。
「嫁ぐ覚悟と言っておられましたから。ここに来れるのは私だけではなかった。もう月冴さまはお一人ではないのです」
それが事実。
それを口にしただけなのに、月冴の眉がぴくっとあがった。
「”それ”は本気で言っているのか?」
棘のように鋭い声だ。
月冴を見ることが出来ずに肩をすくめていると、頭上からため息がした。
――強く肩を押され、少女の身体が縁側に倒れた。
顔の横に手をつかれ、真上に瞳孔を細くしたあやかしがいる。
白樺のように美しい指先が少女の唇をなぞった。
「たとえそうだとしても先に来たのはお前だ。今までここに送られた贄とお前は違う色をしている」
月冴を不快にさせる色を消そうと、炎で焼き尽くした。
残った焦げの黒さに、白さが恋しくなったと月冴は語った。
「椿は誰よりも焦げた色だ。白無垢を着ていたのは当てつけ以外の何ものでもない」
「それは月冴さまの嫁になるためで……」
「違うな。あれは憎悪だけでここに来た。それでもお前が先に来ていなければ死んでいただろう」
どういう意味、と疑問より先に月冴が物思いに沈んだ微笑みを浮かべた。
(私が先にって……。私はたまたま……)
生きてたどり着いただけだが、私より前に来た人は全員死んでいたのだろうか?
一人もいなかったとは思えず、少女は椿の冷めた顔を思い出した。
(椿さんがたどり着いたのもたまたま?)
可憐な花のようだった人が、瞳に光を失くしていた。
生きているのに、椿はまるで生きたくなかったと語るような目をしていた。