「噛むな」

月冴が少女の腰に手を回し、反対の手で血のにじんだ少女の唇を指で押した。


「だ、だめですっ……!」

月冴から離れようと身をよじったが、見かけによらず月冴の力は強くて抜け出せない。

キレイなだけではなく、ちゃんと異性だと恥じらう気持ちが生まれた。


(いやだ。こんなのまるで私が汚してるみたい)


「何をそんなに怯える?」

打ちひしがれる少女に月冴の問いは容赦ない。


「何のためにやさしくしてくださるのですか?」

答えを持ちあわせない少女は、穴埋めをしたくて問いに問いを重ねる。


養父に見向きもされなかったので、価値を見定める目に耐えられない。

相手に価値を見出しても、相手が同じ分だけ少女に価値を感じるかはイコールではない。

鈍くなれば傷を見なくて済む。

いつのまにか深い切り傷になっており、どうしようもない卑屈な感情に対処できなかった。


「お前は本当にバカなのだな」

「そうです。でもバカって言わないでください」

「構わないだろう? 私がバカなのだからお前も似たようなものだ」

「そんなことっ……!」


口づけと呼ぶものだと気づくまでに数秒。

重なった唇は冷たくて、イタズラに遊ぶふわふわとしっとりさ。

あんなに悲観的になっていたのに、唇が重なると声に出来なかった言葉が通じた気がした。



「私はずっとこの場で一人だった」


吐息とともに離れていく唇。

少女の赤色が月冴の唇に移っていた。


「ここは前と違う」

「違う……?」

「愛情には限りある。以前と何が違うのか。お前はもう少しそれを自覚することだな」


そう言って月冴は少女から距離をとり、さっさと屋敷に戻っていく。

夜に浮かぶ白銀色に手を伸ばそうとして、伸ばしきれずに宙をさ迷う。


(前向きに……。前向きに考えるとしたら私はどうしたい?)

落雷で焦げた匂いをはなつ棺に振り返り、拳を握って大きく前に踏み出した。


(月冴さまに気持ちを返してほしい)

それだけが少女を突き動かした。

月冴の手首を掴むと、背伸びをして蒼い瞳との距離を縮める。

頬の熱さをそのままに月冴を見つめれば、月冴はイタズラに口角をあげた。

ひょいと身体を抱き上げられ、薄紅色の唇に噛みつかれる。

酔ってしまいそうな胸の高鳴りに、少女はまどろんで目を閉じた。


(しょっぱい、こんなのは知らない。だけど怖くなかった)


こんなにも激しくて情の熱い口づけがあるとは……。

泣きそうな気持ちはあれど、今は笑っていたいと口角を結んだ。