それから少女は月冴と暮らしながら生き方を変えようとした。


「お庭から食べれる植物、採ってもいいですか?」


唐突な発言に月冴は目を丸くし、少女の考えを読めないままにうなずいた。

少女は下駄を履いて庭に飛び出すと隅々まで歩き、草を摘んでいく。

山のように生い茂っているわけではないが、景勝の中でこれだけ見つめるのはワクワクする。

たんぽぽやヨモギ、シソと季節を問わない楽しい庭だった。

浮き立つ気持ちでたんぽぽの綿毛を突いていると、月冴が歩いてきて隣にしゃがみこんだ。


「そんなものも咲いていたのだな」

「これは食べれるんですよ。お餅にしたり、おひたしにしたり」

「餅……。そうか」


ここにいると腹が空くという感覚がない。

月冴にとっては食事をする発想がなかったようで、そのまま少女の指先を観察した。


「……食べてみますか?」

月冴は目を見開いたあと、少女の頭を撫でてうなずいた。

――ぐぅぅぅ……。

何日ぶりかもわからない腹の音が鳴った。



***



屋敷で見る光景にも変化はあるようで、空に月が顔を出すと縁側で涼んでみた。

広い敷地で少女が行動する範囲は、ささやかに自然を感じられる場所だった。


「月見か」

青白い月の光がさしこむなか、月冴が白銀の髪を揺らして隣に腰かける。


「はい。月冴さまも……」


少女の返答を聞くよりも先に、月冴はごくごく自然な動きで少女の膝に頭を乗せた。

流れるような動作に驚きはしたものの、月冴が落ちついた様子で目を閉じているので、気持ちが向くままに月冴の前髪を指で梳いた。


「それは戯れか?」

まぶたが持ちあがると、蒼い瞳にぎこちない笑い方をした少女が映る。

蒼い瞳に魅入られていれば、月冴が鼻で笑うので少女は慌てて顔をあげて月に目を向けた。


「月明かりがこんなにキレイだと知りませんでした。月冴さまの髪とよく似ています」

「そうか。私にはお前の髪の方が好ましいのだが」

「色褪せた黒ですよ。艶もないですし、指通りがいい髪は憧れます。村で一番に美しいと言われていた女性は漆を塗ったかのように艶めいてました」

「見かけのことではない。私にはない色だ。お前の髪は黒檀に似ている」


”黒壇”と言われてもピンとこなかった。

キョトンと目を丸くしていると、月冴は「それもそうか」と笑って少女の髪を指に巻きつけた。


「黒檀とは長く美しいもの。何も飾らなくても飽きぬものだ」

そう語る月冴からは少女にとって嗅ぎなれない気品ある香りだ。


「その香りの名は?」と聞けば月冴はしばらく考えるそぶりを見せ、「白檀の香り」だと答えた。


「私、その香りが好きだと思いま……」

サラッと白銀の髪が風になびき、月冴は縁側に手をついて身体を起こしている。


(やさしい香り……)

きらめく髪と、夜に溶ける黒が長い影を作った。