「少しは思い出したか?」

「思い……?」

肩を押されて月冴の胸から離れると、しっとりした親指で頬を横に撫でられた。


「自分の感情ににぶい。いいや、気づきたくなかったんだろう」

「いいえ。ちゃんと自分の気持ちはわかっています」

「私はお前ではないからはっきりとわからぬ。だから気にな……」


そこまで口にして、月冴はパッと目を反らし言葉を飲み込んだ。

やけくそになって少女に背を向け、手を引いたまま大股に進む。


(口の中がしょっぱい。どうして?)

「お前は生きたくないのか?」


顔の見えない月冴の背を見つめ、その問いに答える顔が見られないことに安堵する。


「生きていてはダメでしょう」

「それも想うのも仕方ないこと……か」

"自分は人間らしい生死の葛藤が希薄だ"、と少女はぼんやりと理解しつつあった。


「私は……月冴さまにとって不思議ですか?」


ドロドロした感情にまとわりつかれ、月冴が少女に見たものは……。


「助けを求められないのは皆同じか」


問いを投げても明確な答えは返ってこず、会話が会話にならずに終わった。



「死ぬことは許さない。これは絶対にだ」

「どうして……」


息と同化するほど弱い声しか出ない。

お面が更に壁となって、少女の声を月冴には届けてくれない。

手を引かれたまま月冴を追い、闇のなかに浮かぶ平屋の屋敷にたどりついた。

瓦屋根の門をくぐれば、空は一変して蒼穹が広がった。

振り返った月冴に少女は目を見開き、イタズラな微笑みに魅入った。


「めずらしい者に心躍るのも、長く生きてみれば貴重なものだからな」

(そっか。月冴さまはこんな風に言うしか出来ないんだ)

軽蔑に慣れてしまった少女には、皮肉めいた言葉の色がわかる。

月冴の皮肉は月冴自身に向けられたものだ。


(やさしいんだ。だから余計にさみしい)

少女が月冴のために何か出来るわけでもない。

長年ともに暮らした養父にさえ、たった数枚の貨幣に代えられてしまうような存在だ。

尽くそうが、やさしく接そうが、笑っていようが……捨てられた事実は変わらない。

これまでの生きた道を疑問に思えば、殻にこもりたくなった。


「生きてて……変わることがありますか? 死んだも同然なのに?」

「変わる。自分でどちらかを選ぶ日がくる」


月冴が詰め寄り、青空を背負って少女の頭を乱雑に撫でる。

はじめて息を吸い込んで、胸がいっぱいになる感覚を知った。

浮つく感覚に胸に手をあて、ぐっと首を伸ばして月冴の顔を見つめた。


「考えてみます。ちゃんと、どうすべきか考えます」

「あぁ」


目を奪われる。

単純に、キレイだと思った。

やさしい眼差しと、奥に秘めた憂い。

白銀の髪はたくさんのものを背負った月冴にはきっと白すぎる。

……それを少女は見ていたくなった。

(前を向くって、こういうことなのかな?)

月冴にやさしくされるたびに、頬がゆるむようなこそばゆさ。

お面を外して見せた表情は、きっと庭の片隅に咲く小さな花によく似ていた。