戸惑う私に、志成様は一から説明してくれた。布団の上で向かい合って座り、彼は真っ直ぐに私を見つめ、事情を話す。

 私達が初めて出会ったあの夜。志成様は帝を狙う怨霊を祓うために、任務についていたらしい。軍の中でも特殊な、帝をお守りする部署『近衛府』の少将としての位を持つ志成様は、同じく近衛府に所属する正行を伴って、空から警戒を行っていたようだ。

「警戒は基本的に二人一組。俺や正行のように、印が強く鳥の姿を取れる者が務めることが多い」

 志成様はそう述べると、サッとその姿を大きな黒い鳥に変えた。正行が鷹になる姿を見たことのある私には、その変身自体には大した衝撃はない。……しかしその脚が三本あるのを見て、目を見張る。

「暁烏というだけあって、烏なのでしょうが……志成様は『八咫烏』なのですか?」

 八咫烏は遥か昔、神話の時代から、各所で帝を導いた伝承の残る伝説の鳥である。

「よく知っているな。俺は烏は烏でも、八咫烏の印を持つ。暁烏の血筋には時折生まれるのだが、俺のように姿を八咫烏に変えられる程の者が生まれるのは非常に珍しい」

 私があの夜「見たことの無い鳥」だと思ったのは正しかったのだ。足を見ずして八咫烏だと気がつくのは難しいし、ただの烏にしては大きすぎるので暁烏家の人だとは予想もつかない。

(きっと優秀な上、八咫烏の印を持つから、若くして少将という位についていらっしゃるのね)

 志成様は私への説明のためだけに八咫烏の姿を取ってくれたようで、その説明が終わればさっさと姿を人間に戻した。

「そしてあの夜。君の弟である正行は、あろう事か襲来する怨霊の数と方角を間違えて俺に伝えた。それを一瞬信じた俺も馬鹿だったが、その一瞬が時に命取りとなる。敵が放った瘴気が脇腹を掠めて……怨霊は倒したものの、脇腹を瘴気が侵食して厳しい状況だった」
「申し訳ございません。正行の不注意で……」
「体内に入り込んだ瘴気は、陰陽師か『光の皇族』でなければ祓えない。暁烏には陰陽師が居るから屋敷を目指して飛んだのだが……そんな時、君の歌が聞こえた」

 聞こえる訳がない。だって私の声は小さくて、部屋の外にも漏れない程度だったはずなのに。

「聞こえたのは一瞬だったが、腹に蔓延った瘴気がじわりと飛ぶ感覚がした。だから俺は藁にも縋る思いで、歌声が聞こえた場所に降り立った。……その先の流れは、和音も知っているだろう?」

 私は頷く。彼に求められるがまま歌い、介抱しようとしたのに……その腹部に傷は無かった。 
 傷が癒え目が覚めた志成様は、側で倒れていた私を布団に寝かせてくれて……暫くの間、私の状態を観察していたらしい。そして喉に掛けられた呪詛に気がついたのだという。呪詛は、誰かが術具を使ってその人を非常に強く恨み掛けるもの。そんなものを纏っていれば、体に悪い影響が出るのは避けられない。

「鷹宮の、体の弱い贄姫。存在は知っていたが、それが歌で瘴気を祓い傷を癒す力を持った金糸雀だなんて初耳。繊細な金の色彩と美しい歌声にすっかり魅了されてしまった。と同時に、鷹の印を持つ弟妹より希少価値の高いであろう和音を、どうして呪詛も解かぬまま禍津日神の贄としようとしているのか理解できなかった」
「私の喉にかかっていた呪詛は、それほど目立つものだったのですか……?」
「ああ。力が落ちている鷹宮であろうとも、あれほど念入りに掛けられた呪詛に気がつかない訳がない。特に正行なら和音の首に纏わりつく呪詛が見えたはずだ」

 鷹宮を後にした志成様はすぐさま近衛府に戻り、正行を問い詰めたらしい。しかし正行は取り乱し「和音姉様は僕が助けるんだ!」と叫ぶばかりだったと言う。
 志成様は、優しく私の首筋に手を添えた。

「ひとまず闇の力を纏わせた刀で無理やり呪詛を断ち切ってみたが、体調はどうだ? 声は随分と出るようになったみたいだが」
「あ……実は驚くほど体が軽くて。これだけお話しても、声が枯れることもないなんて……初めてです」
「やはりか。信じたくないかもしれないが、和音はずっと『体の弱い子』に仕立て上げられていたのだろう。あえて呪詛をかけて、自ら望んで贄になるように、仕向けられていたんだ」

(私は体が弱いから贄として生かされたのではなくて、贄にするために弱らされていたの?)

 すっかり声は出るようになったにも関わらず、ショックを受けた私の口からは声が出なかった。