私は志成様の花嫁として迎え入れられた。
顔を上げて周囲をよく見てみれば、志成様だけでなくて、その周りにいる暁烏の人々も『和音』である私を歓迎してくれている。
詳しい事情は分からない。それでも志成様は……動揺から手を滑らせて酒を交わす杯を落としそうになった私に、怒ることすらせず。ただ笑って「今からそのように動揺していれば、夜にはどれだけ慌てるのだろうな?」と揶揄う。早ければ今日にも志成様を失望させて離縁への第一歩を踏み出すつもりでいた私は言葉に詰まり……魚のように口をぱくぱくさせてしまった。
(どうして志成様は私が嫁いで来ると知っているの……?)
そんな気持ちで迎えた午後九時。場所は夫婦の寝所として用意された部屋の布団の上。いかにもな二つ並んで敷かれたそれの上で、白の寝巻き姿で座っていた私は……息を呑んだ。
「さて、邪魔者はいない。ゆっくりと、事情を教えて貰おうか」
私の目の前でスラリと抜かれるのは、刀。脅すつもりなのか、志成様は右手で抜刀した刀を持った状態で、私を押し倒した。目の前で月の光を反射するそれは、紛う事なき真剣だ。
湯を使ったので、すっかり私の髪は元通りの金色。まだ少し湿り気を帯びたこの髪は、私が茜ではないことの証。
情緒や甘さの欠けた雰囲気は、少しばかり期待してしまっていた私の心を突き落とした。
(皆の前では鷹宮の面子を立ててくれたのね? そして二人きりになったところで、私を脅して事情を聞こうと。……恥ずかしいわ。私自身を受け入れてくださったのかと勘違いしてしまうなんて)
期待するから落胆する。初めから期待しなければ、何ともないはずだったのに。
私はそんな気持ちで、黙ったまま志成様を見上げた。
「……やはり、だんまりか。これだと実力行使に出るしかない」
そうやって睨まれても、何からどう話せばいいのか分からないのだ。言葉を選んで喋らなければ、すぐに声すら出なくなってしまう。
黙って震えている私を見て、彼はため息を溢した。
「仕方がないな……予想に基づいて、やるしかないか。──滅せよ」
刀に黒い靄が掛かる。何だろうと思ったその瞬間──ザンッと鈍い音を立てて、私の首元ギリギリを狙い、刀を突き立てられた。背中に感じた衝撃から、布団を貫通して畳にまで刀が突き刺さったのだと分かり……お腹の奥がひゅっと冷たくなる。それと同時に、今まで常に感じていた体調不良という重しがフッと軽くなるのを感じた。これが火事場のなんたらだろうか。
(こ……殺される前に、逃げなきゃ!)
殺されるわけにはいかない。私は鷹宮のために、贄として、生きて帰らなければならないのだから!
「お許しください! 嫁いできたのが茜でなくて残念に思われたのも、弟の正行がご迷惑をお掛けしてしまったのも重々承知しているのですが! どうか寛大なお心でお許しを──」
「喉に纏わりついた呪詛を断ち切った瞬間にこれか。先程までの物静かな金糸雀はどこに消えたのやら、な程によく喋るな」
「──お願い、殺さないで……え、呪詛? あれ……声が出る」
「楽になったか? やはり喉にかけられていた呪詛のせいで、あまり声が出なかったのだな。予想が当たっていてよかった」
「え……? えっと、嫁いできたのが茜ではなくて、怒りで私を殺そうとしたのでは……?」
「まさか!」
志成様は私の首元すれすれに刺さった刀を引き抜いて、鞘に仕舞う。そしてそれを畳の上に置いて、私に両掌を向けた。
「何やら勘違いしているようだが、俺には和音を傷つける意思は無い。あと俺が花嫁に望んだのは、和音。君自身だ」
顔を上げて周囲をよく見てみれば、志成様だけでなくて、その周りにいる暁烏の人々も『和音』である私を歓迎してくれている。
詳しい事情は分からない。それでも志成様は……動揺から手を滑らせて酒を交わす杯を落としそうになった私に、怒ることすらせず。ただ笑って「今からそのように動揺していれば、夜にはどれだけ慌てるのだろうな?」と揶揄う。早ければ今日にも志成様を失望させて離縁への第一歩を踏み出すつもりでいた私は言葉に詰まり……魚のように口をぱくぱくさせてしまった。
(どうして志成様は私が嫁いで来ると知っているの……?)
そんな気持ちで迎えた午後九時。場所は夫婦の寝所として用意された部屋の布団の上。いかにもな二つ並んで敷かれたそれの上で、白の寝巻き姿で座っていた私は……息を呑んだ。
「さて、邪魔者はいない。ゆっくりと、事情を教えて貰おうか」
私の目の前でスラリと抜かれるのは、刀。脅すつもりなのか、志成様は右手で抜刀した刀を持った状態で、私を押し倒した。目の前で月の光を反射するそれは、紛う事なき真剣だ。
湯を使ったので、すっかり私の髪は元通りの金色。まだ少し湿り気を帯びたこの髪は、私が茜ではないことの証。
情緒や甘さの欠けた雰囲気は、少しばかり期待してしまっていた私の心を突き落とした。
(皆の前では鷹宮の面子を立ててくれたのね? そして二人きりになったところで、私を脅して事情を聞こうと。……恥ずかしいわ。私自身を受け入れてくださったのかと勘違いしてしまうなんて)
期待するから落胆する。初めから期待しなければ、何ともないはずだったのに。
私はそんな気持ちで、黙ったまま志成様を見上げた。
「……やはり、だんまりか。これだと実力行使に出るしかない」
そうやって睨まれても、何からどう話せばいいのか分からないのだ。言葉を選んで喋らなければ、すぐに声すら出なくなってしまう。
黙って震えている私を見て、彼はため息を溢した。
「仕方がないな……予想に基づいて、やるしかないか。──滅せよ」
刀に黒い靄が掛かる。何だろうと思ったその瞬間──ザンッと鈍い音を立てて、私の首元ギリギリを狙い、刀を突き立てられた。背中に感じた衝撃から、布団を貫通して畳にまで刀が突き刺さったのだと分かり……お腹の奥がひゅっと冷たくなる。それと同時に、今まで常に感じていた体調不良という重しがフッと軽くなるのを感じた。これが火事場のなんたらだろうか。
(こ……殺される前に、逃げなきゃ!)
殺されるわけにはいかない。私は鷹宮のために、贄として、生きて帰らなければならないのだから!
「お許しください! 嫁いできたのが茜でなくて残念に思われたのも、弟の正行がご迷惑をお掛けしてしまったのも重々承知しているのですが! どうか寛大なお心でお許しを──」
「喉に纏わりついた呪詛を断ち切った瞬間にこれか。先程までの物静かな金糸雀はどこに消えたのやら、な程によく喋るな」
「──お願い、殺さないで……え、呪詛? あれ……声が出る」
「楽になったか? やはり喉にかけられていた呪詛のせいで、あまり声が出なかったのだな。予想が当たっていてよかった」
「え……? えっと、嫁いできたのが茜ではなくて、怒りで私を殺そうとしたのでは……?」
「まさか!」
志成様は私の首元すれすれに刺さった刀を引き抜いて、鞘に仕舞う。そしてそれを畳の上に置いて、私に両掌を向けた。
「何やら勘違いしているようだが、俺には和音を傷つける意思は無い。あと俺が花嫁に望んだのは、和音。君自身だ」