追求は免れたが高熱で三日三晩苦しみ、やっと症状が良くなってきた二週間後。私は妹の茜と共にお父様に呼び出された。この面子で話など、きっと碌な話ではない。お父様が胡座をかいて座る正面に、茜と二人で正座して向かい合う。

 そしてやはりお父様の口から飛び出してきたのは、衝撃的な内容だった。

「四大名家の一つ、暁烏(あけがらす)家の当主から手紙が届いた。鷹宮の娘を嫁に貰い受けたいと」
「私は帝の側室候補として既に名前が挙がっている身。そんな、鷹宮家の政敵とも言える暁烏家になど、嫁ぎたくありません!」

 四大名家は帝のために一定の協力関係にあるが、それでも代々重要な役職を奪い合うようにして競ってきた。しかし鷹宮家はここ何代か帝の正妻の座も逃し、印の強い者も近年少なかったことから帝の身をお守りする役職に就く男も減少傾向にある。……鷹宮は血が薄まり、没落の道を歩み始めたと、影では噂されている。

 現在の帝は四十歳手前。まだ世継ぎとなる男児は居ない。最後のチャンスとも言える茜にかける期待は、そんな状況の鷹宮だからこそ極めて大きい。

 しかし鷹宮には、残り物の私を暁烏に差し出すのが躊躇われる理由が存在する。

「しかし茜、それは和音が居てこそ成り立つ話だ」

 お父様は渋い顔でそれを暗喩する。私が暁烏に嫁ぐことになれば、禍津日神の贄となる別の人間が必要となる。鷹の姿になれる程強い印を持つ正行も、帝の側室に選ばれる可能性を持った茜も、お父様が贄として差し出したくないと思っているのは明白であった。

「嫌よ、絶対に嫌! 私は贄になるのも、暁烏に嫁ぐのも嫌!! だって暁烏の当主は、人情の無い冷たい人だって噂だものっ」

 茜が反発したくなる気持ちは理解できるが、そもそも暁烏からの申し出を断ることは出来ないのだろうか? そんな疑問を持ち首を傾げれば、お父様がその理由を話し出す。

「実は正行が、仕事上で大変な失敗をしてな。暁烏の当主である志成(もとなり)様が、正行のせいで大怪我を負ったらしい。治療の甲斐あって助かったが、相手が相手。二十五歳と年頃の志成様が求めた賠償が、嫁というわけだ。実質、茜が帝の側室になるのを妨害する目的だろう。側室という札を持った我々が気に食わないのだろうな」
「正行の馬鹿、なんてことを……!」
「茜、馬鹿呼ばわりはやめなさい。鷹宮の次期当主は正行なのだから」

 お父様に嗜められた茜は、キッと私を睨みつける。

「和音姉様が全て悪いのよ! 正行がとんでもないミスをする時は、大抵和音姉様のことで思い詰めている時だもの。ただでさえお荷物なのに、次期当主と側室候補の邪魔までするなんて。さっさと消えてよ、疫病神!」

 お父様は茜の罵倒を止めない。それを概ね事実だと認めているからだろう。私は申し訳ない気持ちで、自分の膝へと視線を下げた。

「それで、だ。仕方がないから和音が暁烏に嫁ぎなさい」
「お父様! じゃあ私は──」

 茜がワッと泣きながらお父様に詰め寄る。

「心配するな。暁烏はきっと、和音を寄越されるなんて思っていない。体の弱い和音では伽の相手すらままならない。早々に離縁し突き返してくるはずだ。戻ってきたところを、禍津日神に贄として差し出せば良い」 

「──ははッ! お父様、なんて悪いお人なのかしら。贄にする前の和音姉様を嫁がせるなんて」
「暁烏には鷹宮の娘としか言われていないからな。約束は違えていない」
「──暁烏の皆様、怒らないの……?」

 向こうは正行の失敗の賠償を求めているのに、そこへ私なんかを突き出したら怒りを爆発させるのではないだろうか。そう心配した私だったが、その発言が気に食わなかったのであろう……嫌悪感で顔を歪めた茜が、手の内にボッと火を出して私の方へと放った。癖でくるりと巻いた髪の一部に火が燃え移る。

「きゃっ……!」
「和音姉様はいつも通り、黙っていればいいのよ!」
「茜、火は辞めておきなさい。和音はちょっとしたことで体調を崩す。火が原因で死なれては、今まで生かしてきた意味がない」

 お父様に注意され、茜は火を鎮める。焦げてしまった髪が彼らの言いなりになるしかないのだと告げているような気がした。

「……和音、出来るな?」

 私には、頷く以外の選択肢は残されていなかった。

 お父様は暁烏に「すぐにでも茜を嫁がせよう」と返事をしたらしい。お相手からもそれを是とする回答が来たために、私は婚約も何もかもすっ飛ばして、二週間後に祝言を挙げることとなった。

 
 祝言の日の前夜。珍しく私の部屋を訪れた茜は、私の髪を引っ掴んだ。そして頭の上から茶色の液体をかけられる。

「──痛ッ」

「私の代わりに嫁ぐのだから、これくらい我慢してもらわないと困るわ。折角和音姉様のために髪染め液を買って来たのに」

 茜の手に握られていたのは、一時的に髪を染めるという染料だった。髪から滴った液がぽたりと垂れて、畳を汚す。液体が付いた皮膚がひりつくように熱くて痛い。

「髪くらい染めておかないと、すぐにバレるわ。志成様と祝言を挙げる前に返品されては困るの。お前達、残りをちゃんと染めておいて。水で洗うと簡単に取れてしまうようだから、きっちり染めておくのよ」

 連れてきていた馴染みの家政婦達に、髪染め液を放り投げるようにして渡した茜。そのまま高笑いと共に去っていく彼女とは……嫁いで暫くは会わずに済むだろうか? 溢れそうになる涙を我慢する私は、それだけでも暁烏に嫁ぐ意味はあるように思えた。