私は半ば意識を失いかけていたその男性を必死に部屋まで引きずり上げた。そして私の布団に横たえる。

 その男性は精悍な顔付きで、年頃の娘らしい感性を持つ茜あたりが見れば、黄色い悲鳴を上げそうな程だった。胸あたりまで伸ばした艶のある黒髪はきっちり一つに纏められていた様だが、私が無理やり運んだせいで乱れてしまっている。服装からすればどうやら軍人のようだが、私にはゆっくり人間観察をしている余裕は無い。

(も……無理、倒れそう……)

 体力の無い私は、彼を運び込んだだけで既に限界だった。それでも自分に喝を入れて、男性の傷口の様子を確認することにする。外套と軍服を捲ると白いシャツの腹部は真っ赤に染まっていた。非常事態だと認識した私はシャツのボタンも外し、その肌を確認したのだが……どこにも傷はない。

「え……? どうして……」

(服がこんなに血まみれなのに?)

 全て返り血なのかと思ったが、それだと雪の上に血模様が残るのは違和感を覚える。

 容姿が整いすぎていた件もあり本当に人間なのかと訝しんで、鍛えられた腹筋にそっと手を当ててみる。それは自分の体と同様に温もりのある、人としてなんら変哲の無い肌だった。

 ◇

 翌朝。私は屋敷に仕える馴染みの家政婦の悲鳴と、去って行く足音で目覚めた。……非常に体が重くて、目を開けることすら出来ない。

(体が全然言うことを聞かないわ。昨日無理したせいか、喉が痛い……)

 そういえば昨日の彼はどうなったのだろうか。どこにも傷が見当たらなかった事は覚えているが、その先の記憶がない。看病せずに寝てしまうなんて情けないと考えつつ、やっとの思いで瞼を上げれば……私は自分の布団に横たわっており、彼の姿はどこにも無かった。

「──ぇ」

 動揺から、思わず声が漏れる。まさか夢だったのだろうかと周囲を見渡せば、畳の上に無造作に脱ぎ捨ててあった私の白色の羽織には、血がべっとりと付着していた。……きっと家政婦はこれを見て慌てたのだろう。やはりあの男性はどこかを怪我していたのだ。

(夢じゃない……あんな大きな黒い鳥は見たことがないし、あの人は誰だったのかしら)

 その後家政婦が引き連れてきた医者に、羽織の血がどこからの出血か問い詰められたが。私は声が出ないふりでなんとかやり過ごした。蔑まれていても、私は鷹宮家の長女なのだ。男を部屋に連れ込んだなどと噂されては困る。もっと問い詰められるかと思ったが、あの男性を救出するのに体力を使い果たしたせいか、午後から高熱でうなされる羽目になり。……結果、追求は免れた。