「くっ……暁烏の奥様を盾にしようっていうのか」
「しかも鷹宮の長男が取り込まれてるって? 冗談じゃない……どうするんだ。どちらにせよこれは死人が出るぞ」

 そんな声が聞こえてくるが、激しく振られたせいで既に私の意識は飛びかけている。
 このままでは私が死に、それにより狂った禍津日神の正行が暴れ残虐の限りを尽くして、最悪の結末を迎えてしまう。考えられる未来の、一番最悪の展開だ。

(これだと、私一人が犠牲になって、正行と一緒になる方がマシ? そうすれば、皆は助かる……?)

「──和音、諦めるな! 俺と生きると、約束しただろう!?」

 すぐ近くで志成様の声が聞こえて、私は必死に意識を保つ。
 私の目の前に飛んできた八咫烏がサッとその姿を人に戻し、私を捉えたままの黒い瘴気に刀を振ろうとするが。あと一歩のところで届かず、正行の放つ瘴気に吹き飛ばされてしまった。

 それを受け止めるようにして誰かの術が展開されるが、正行の追撃は止まらない。押し切られるようにして志成様は地面まで落ち、土煙が舞った。そこへも執拗に正行の瘴気と火が入り混じった攻撃が繰り出される。
 周囲からは火を防ぐような水の術や、こちらの本体を狙っての攻撃が繰り出されているが、正行の勢いは止まらない。

『暁烏志成。姉様を奪ったヤツ。オマエダケハ、ゼッタイ、ユルサナイ……!』
「やめて、正行お願い。志成様を傷つけるのはやめて!」

 私の声はもう正行に届かないのか、返事は無かった。

(どうしてこんなことに……)

 思わず涙が溢れるが……私は諦めるわけにはいかない。志成様は私に、諦めるなと言った。私はまだ志成様に言ってしまった「嫌い」を訂正すらしていない。一緒に生きるのだと、約束したのに!

「正行、聞いて!」

 私は持てる限りの力で歌を歌い始めた。それはずっと昔に、時折正行に歌ってあげていた童謡。それに、どうか志成様の命だけは助かるように思いを乗せて。私に唯一できる『歌』が叶える奇跡を信じて、歌う。

「──姉様、その歌懐かしい……」

 歌を聞いてくれたのか、声が正行の口調に戻る。私を捉えていた瘴気を纏った腕のような物体からシュウッと音がして、瘴気が滅しているのが見えた。

 その瞬間だった。

「和音、よくやってくれた」

 頭上から響く志成様の声。空を見上げた私の視界に映ったのは、巨大な黒い物体となった正行の頭上で、八咫烏から人の姿に戻る瞬間の志成様。その手には先程までとは違う金の光を放つ刀が握られており、その周囲には闇の能力が纏わせてある。
 自由落下の勢いで突き立てられた刀。闇の力が瘴気を破り、光の刃が禍津日神を二つに割って……禍々しい物体は滅された。

 支えを失った私の体は真っ直ぐに地面に落ちる。重力に引かれる感覚に、思わず悲鳴をあげた。

「きゃ……ッ!」
「──っ、危ない」

 宙で私を支えてくれたのは、輝かしい光を纏った鳳凰。そのまま私をゆっくり地面に下ろした鳳凰は、すぐにその姿を帝に戻す。空から舞い降りてきた志成様は、無事を確認するかのように力一杯、私を抱きしめた。

「苦し、ぃ……志成様、息が」
「──良かった! 和音が無事で、本当に良かった。失うかもしれないと必死だったせいか、今更震えが……」

 私は、震える志成様の体を抱き返す。私を取り戻すために懸命に戦ってくれた志成様。その愛を一瞬でも疑ってしまった私は大いに反省しなければならないし、約束を果たさなければ。

「志成様、大好きです。嫌いだなんて言ってごめんなさい……って、志成様怪我してませんか!?」

 彼の背に回した手に感じる、どろりとした感触。私の顔からはサッと血が引く。

「あぁ……そうかもしれない。もしかして震えは、出血のせいか?」
「呑気に喋らないでください! 今すぐに歌いますから!!」

 慌てて歌い始める私に目を細めて笑みを向けた志成様は、続いて帝の方へと視線を向ける。

「……帝、ありがとうございます。和音を受け止めて貰って、助かりました」
「美味しい所を持って行ってすまないね。私のせいで大変な人生を歩んできた娘が大活躍したのに、破魔の刀を用意しただけで出番無しでは……どうにも格好がつかないからな」