茜の罵声を背中に浴びながら、私は屋敷の奥にある自分の部屋に戻った。六畳程と、鷹宮の者としては狭いながらも裏庭に面した一室。私は布団の上で座り、途中になっていた針仕事を再開した。体を起こすことの出来る日にはこうやって針仕事の雑用をこなして過ごすのが、今の私に出来る唯一の仕事だった。

 しんしんと雪が降り積もる静けさの中、私はひたすら針を進める。そうしているうちに周囲を闇が包み込み、手元の小さな蝋燭の明かりだけでは徐々に手元が怪しくなってきた。

(……冬だから陽が落ちるのが早いわね)

 そんなことを考えながら私は縫いかけの半纏を脇に片付ける。そして誰にも聞こえないような小さな声で、歌を紡いだ。

 寝る前に少しだけ歌うのが、私の唯一の趣味。金糸雀の印を持って生まれてきたがゆえの定めとも言えるが、私は歌うのが大好きだった。すぐに声が掠れて出なくなるため、せいぜい一曲程度しか歌えないが……それでも私はこれを楽しむために日中は極力喋らずにいる。

 いつも通りそうやって歌を紡いでいた私であったが、突然裏庭からドサっと鈍い音が響いてきて、歌うのを止めた。

(何……!? 屋根に積もった雪が降ってきたのかしら?)

 何が起こったのか気になった私はゆっくり立ち上がり、肩に羽織をかけてから障子を開け、縁側に出る。そして雨戸を少し開けて外を覗き見た。冬の凍えるような空気が頬を刺す。

 特別何か変わった様子はないように見える。そう思って顔を引っ込めようとした瞬間だった。視界の端で、闇が動いた。

「──!?」

 目を凝らしてよく見れば、大きな黒い物体が庭石の向こう側にうずくまっていた。何かの生き物だと思った私は蝋台を持ち草履を出して庭に降り、恐る恐るその物体に近寄る。外に出るのがあまりに久々で、積もった雪に何度か足を取られ転びそうになった。

(羽根……?)

 周囲に落ちた数枚の漆黒の羽根。うずくまった黒い物体に蝋燭をかざして確認すれば、それは大きな鳥だった。怪我をしているのか、積もった雪には赤色の斑点模様も確認できる。

(大変! 鳥なのだったら、印の強い人間かもしれない。早く手当しないと)

 魂に刻まれた印の強さによっては、その姿すら鳥類に変化させることが出来る。弟の正行はその姿を鷹に変化することが出来ることから、鳥類に変化する人間には馴染みがあった。

 誰かに助けを求めなければ。そう思い背を向けた瞬間──私は腕を強く後ろに引かれて、雪に尻餅をついた。手に持っていた蝋台も地面に転がり火が消えて、辺りは真っ暗闇になってしまう。慌てて立ち上がろうとしたが、黒い羽根が後ろから包み込むようにして私を捕え、荒い吐息混じりの男の声が耳元で響いた。

「誰も、呼ぶな……っ」

 背中だけでなく頭の上にまで感じる存在感は、姿を視界に入れずともその体格差を物語る。更に私は閉じ込められて育ってきたため男性への免疫もない。思わず私は身を震わせた。

(怖いっ……こんな大きな黒い鳥、見たこともない! ……でも、怪我をしている人を放っておけない)

 だから私は勇気を出して、震える声で話しかける。

「あの、怪我……せめて部屋の中へ」
「……それより、歌を歌っていたのはお前か?」
「っと……、とても小さい声……ですけど」
「頼む。もう一度歌ってくれ」

 どうして歌えと言われるのか理解出来ない。困惑から私が黙ってしまえば、再び「頼むから歌って欲しい。もう一度聞きたい」と、繰り返された。

 仕方が無いので、私は彼の望み通りよくある童謡の一つを口にする。童謡なので、大した長さではない。それにこの状況なので、声は震えてしまっている。しかしそれをこの男性は、私を捉えたまま黙って聞いてくれる。

 童謡を歌い終わる頃には、私を捉えて拘束している鳥の羽はすっかり人間の腕に戻っていた。仕立ての良さそうな外套に包まれたその腕だけで、洋装をするだけのお金も身分のある人だと分かる。しかし緊張が解けてしまったのだろうか? 私に全体重を掛けるようにしてもたれ掛かってくるので、非常に重い!

「ゃ……おも……いっ」