「愛妻家の志成が沈んでいると揶揄い甲斐が無くてつまらない。私のためにも夫婦仲良くね」
「帝、和音との距離が近すぎます。疑いを晴らして欲しいとは頼みましたが、そこまで寄る必要はありません」
私と帝との間を顰めっ面の志成様が割るようにして入ってくるが、帝の表情は相変わらずだ。
「ケチだなぁ、減る訳じゃないのに。じゃあ代わりに志成が大事にしている金糸雀の歌を聞かせてよ。ほら、月夜の宴にはぴったりだろう?」
「俺はケチなので、宝は見せびらかさない主義です」
「では本人に聞こうか。帝である私が望むのだから、歌うよね?」
にっこりと笑みを携えた帝にそう言われてしまえば、断れない。黙ったまま頷くと、逆に志成様からは睨み付けられた。
「良い子だね。月夜に相応しい歌で頼むよ」
「……和音、後で覚えていろ」
(睨まれたって、この状況で歌わないなんて無理よ!)
私は睨みつけてくる志成様と目を合わさないようにしつつ、何の歌にするか暫し考えてから……帝に促されるままに歌を歌い始めた。月を愛でる穏やかな歌詞は、青藍の夜空に溶ける。
周囲の歓談の声は消えて、ただ私の歌声だけが響いた。
「……おい、どうしてか持病の腰痛が治ったぞ」
「実は私も。先日落馬して骨をやっていたはずなのですが」
「まさかただの金糸雀では無いのか? 鷹宮は贄にするフリをして、特殊な力を持った娘を隠していたのでは?」
私が歌い終われば、静かだった空間は一気にどよめきに包まれた。そしてこの流れで注目を浴びるのは──
「素晴らしい歌声だった。志成の治療のおかげで娘の才能が表に出て良かったな? 鷹宮の当主よ」
……帝に話を振られ注目を浴びたのは、お父様だった。
多くの貴族が集まるこの宴。どうやらお父様も茜を連れて参加していたようだ。
「そうですね……長女は暁烏で随分と調子が良くなったようだ」
「どうして長女の才を隠していたのだ? これは治癒に特化した光の力。それこそ光の皇族と呼ばれる所以となる力だ。それが偶然他家に現れるなんて、有り得なくはないが珍しい。一言私に相談してくれても良かったのに」
悔しそうにギュッと唇を噛む茜と、帝への負の感情が隠しきれていないお父様。鷹宮らしい激情が表立っている。
「和音は体が弱く、人目に晒せば……更に悪くなると思い」
「そうか。どうやら鷹宮の長女が贄姫という噂は、一人歩きした偽りだったようだ。現在贄を使わない禍津日神の封印方法を検討している最中であるが、もしそれが間に合わなかった場合、鷹宮は誰を贄に出すつもりだったのだろうな? 是非聞いてみたいものだ」
「……それは」
「どうして手をこまねいているのですか、お父様! 和音姉様を贄にするのだと、ずっと言ってきたではありませんか! どうしてこの場で和音姉様を贄として連れ戻すと明言しないの!?」
返答に困るお父様に痺れを切らしたのか、茜が私に向かって飛びかかってくる。咄嗟に志成様が私を守るように正面に立ち、茜を引っ捕えた。
「馬鹿だとは思っていたが、ここまでとは」
「ちょっと、離して! 帝は、未来の花嫁である私の話をどうか聞いてくださいませ!」
茜は状況が把握出来ていないのか、目をきゅるんと潤ませて帝を見つめる。可愛らしいのは認めるが……この状況でやるのは逆効果だ。帝は温度の無い冷たい笑みを茜に返す。
「聞かないよ。種を蒔いた元凶は私であったとしても……鷹宮は私に勘づかれないように和音の声と健康を奪った。和音を傷つけ続けた君を側室にすることもない。それで、鷹宮の当主は誰を贄にするつもりだったのか聞いていいかな?」
お父様が観念したかのように口を開きかけた、その瞬間だった。
すぐ近くで爆発音がして、室内に煙と土埃が充満した。
「帝、和音との距離が近すぎます。疑いを晴らして欲しいとは頼みましたが、そこまで寄る必要はありません」
私と帝との間を顰めっ面の志成様が割るようにして入ってくるが、帝の表情は相変わらずだ。
「ケチだなぁ、減る訳じゃないのに。じゃあ代わりに志成が大事にしている金糸雀の歌を聞かせてよ。ほら、月夜の宴にはぴったりだろう?」
「俺はケチなので、宝は見せびらかさない主義です」
「では本人に聞こうか。帝である私が望むのだから、歌うよね?」
にっこりと笑みを携えた帝にそう言われてしまえば、断れない。黙ったまま頷くと、逆に志成様からは睨み付けられた。
「良い子だね。月夜に相応しい歌で頼むよ」
「……和音、後で覚えていろ」
(睨まれたって、この状況で歌わないなんて無理よ!)
私は睨みつけてくる志成様と目を合わさないようにしつつ、何の歌にするか暫し考えてから……帝に促されるままに歌を歌い始めた。月を愛でる穏やかな歌詞は、青藍の夜空に溶ける。
周囲の歓談の声は消えて、ただ私の歌声だけが響いた。
「……おい、どうしてか持病の腰痛が治ったぞ」
「実は私も。先日落馬して骨をやっていたはずなのですが」
「まさかただの金糸雀では無いのか? 鷹宮は贄にするフリをして、特殊な力を持った娘を隠していたのでは?」
私が歌い終われば、静かだった空間は一気にどよめきに包まれた。そしてこの流れで注目を浴びるのは──
「素晴らしい歌声だった。志成の治療のおかげで娘の才能が表に出て良かったな? 鷹宮の当主よ」
……帝に話を振られ注目を浴びたのは、お父様だった。
多くの貴族が集まるこの宴。どうやらお父様も茜を連れて参加していたようだ。
「そうですね……長女は暁烏で随分と調子が良くなったようだ」
「どうして長女の才を隠していたのだ? これは治癒に特化した光の力。それこそ光の皇族と呼ばれる所以となる力だ。それが偶然他家に現れるなんて、有り得なくはないが珍しい。一言私に相談してくれても良かったのに」
悔しそうにギュッと唇を噛む茜と、帝への負の感情が隠しきれていないお父様。鷹宮らしい激情が表立っている。
「和音は体が弱く、人目に晒せば……更に悪くなると思い」
「そうか。どうやら鷹宮の長女が贄姫という噂は、一人歩きした偽りだったようだ。現在贄を使わない禍津日神の封印方法を検討している最中であるが、もしそれが間に合わなかった場合、鷹宮は誰を贄に出すつもりだったのだろうな? 是非聞いてみたいものだ」
「……それは」
「どうして手をこまねいているのですか、お父様! 和音姉様を贄にするのだと、ずっと言ってきたではありませんか! どうしてこの場で和音姉様を贄として連れ戻すと明言しないの!?」
返答に困るお父様に痺れを切らしたのか、茜が私に向かって飛びかかってくる。咄嗟に志成様が私を守るように正面に立ち、茜を引っ捕えた。
「馬鹿だとは思っていたが、ここまでとは」
「ちょっと、離して! 帝は、未来の花嫁である私の話をどうか聞いてくださいませ!」
茜は状況が把握出来ていないのか、目をきゅるんと潤ませて帝を見つめる。可愛らしいのは認めるが……この状況でやるのは逆効果だ。帝は温度の無い冷たい笑みを茜に返す。
「聞かないよ。種を蒔いた元凶は私であったとしても……鷹宮は私に勘づかれないように和音の声と健康を奪った。和音を傷つけ続けた君を側室にすることもない。それで、鷹宮の当主は誰を贄にするつもりだったのか聞いていいかな?」
お父様が観念したかのように口を開きかけた、その瞬間だった。
すぐ近くで爆発音がして、室内に煙と土埃が充満した。