四大名家は各々の属性の術を使える者が生まれる。

 例えば火の鷹宮は、鷹としての性質を持つだけでなく、火の術を扱うことができる。現状その姿を鷹に出来るのは次期当主とされる正行だけであるが、火を扱うのはお父様でも茜でも容易に出来ること。その威力に差はあれども、生活補助程度まで含めれば火の術を使える人間は一族の中にかなりの人数存在する。ちなみに私はこれっぽっちの火も出すことも叶わない。
 そして私が嫁いだ暁烏の一族に脈々と引き継がれる属性は「闇」だ。火や水と違い何が出来るのかイメージし難いが、どうやら瘴気に近い性質を利用して、無理矢理瘴気や怨霊などの穢れを断ち切ることを得意とするという。

 つまり。志成様が私の首にかけられていた呪詛を刀で断ち切って解けたのは、闇の暁烏の人間だったからであり。優れた術の使い手でもあったからだ。

 また、暁烏の人たちは闇に溶け込むようにして身を潜め、諜報活動を行うのが得意だという。中でも志成様は、夜間だけでなく日中にも、地面に出来た影を伝って情報を集めることが可能らしい。……聞こえる訳のない私の声が聞こえたというのは、嘘でも幻聴でもなく、事実だった。

 最近志成様がお忙しくされているのは、この闇の術の使い手だからだという。
 四大名家から二十年ごとに人柱を立て、何百年間も鎮めてきた禍津日神。今年贄を出す番の鷹宮と二十年後に次が回ってくる暁烏の働きかけにより、他に鎮める方法が無いかと、四家当主と帝で対策が話し合われ始めた。そしてその情報収集を一手に引き受けているのが志成様だという。

「だから、浮気じゃないと言っているだろう! そんな暇があるなら和音の顔を見に戻ってくる」
「では花街ですね、分かりました」
「だから! どうして疑われているんだ……朝から和音が居なくなるし、浮気を疑われるし、愛妻お手製の羽織は切り刻まれて見るも無惨。散々だ。これぞ厄日……」

 庭で私を捕まえた志成様は、その後私を離そうとしない。今日の仕事は夕刻からのようなので時間があるそうだが、他の女性と会っていた翌日にベタベタ触らないで欲しい。その気持ちから彼を責めてしまったが、どうにも志成様には心当たりが無いようで……私の心の靄は晴れない。

「……だって、羽織に知らない香が付いていました。それにお仕事なのに軍服ではなかったし」

 どうして疑っているのか正直に話せば、志成様は心当たりがあったのか気まずそうに視線を逸らした。

「ほらやっぱり! 離してください。志成様なんて大嫌いです」
「違う、そうじゃない! 恐らく香ったのは伽羅の香りだろう? ……帝だ」
「身近にいらっしゃるからと、帝を犯人に仕立て上げるのはどうかと思います」
「本当に帝なんだ! 昨日の夕刻にお忍びで知人の墓参りをされて……帝の金の髪が思ったより目立つから、頭の上から掛けさせてもらっていた。お忍びだから警護で軍服を着ていくわけにもいかなかったんだ」

 現在の帝は鳳凰の印を持ち、そのお髪は美しい金色だという。皇族に多いその色は、遠目でも目立つ。……それは偶然同じ色を持ち生まれた私も良く知っている。

「死者とはいえ、帝との関連が有ったと知られたら体裁上良くない立場の、身分のある女性で……」

「不貞の子」と鷹宮で後ろ指刺されてきた私は、なんとなくその言葉で察してしまった。

「……悲しい恋だったのでしょうね。今回は帝の悲恋に免じて不問にして差し上げますが、しばらく志成様の前では歌う気になれません」
「は!? そんな殺生な! 俺は和音を贄の役目から遠ざけて……君との間に生まれる子を、暁烏が差し出す次の贄にしたくない一心で頑張っているのに……」

 そう言われると、心がぐらつく。きっと志成様は私に「贄の件は任せろ」と言った手前、手を抜けないのだろう。贄以外の手段が見つからなかった場合、禍津日神が復活する……もしくは誰かが贄になるしかない。そして今回がどうにかなっても、二十年後には暁烏に贄の役割が回ってくる。

「そもそもこんな燻んだ気持ちで歌っても、綺麗な歌にはなりませんから」
「……では今晩俺の仕事に付いてきて、そこで帝に直接事実確認してくれ。疑いは晴らすから『嫌い』は撤回してもらえないか?」
「帝に、直接……」
「和音がいない世界で、俺は生きていけない」

 そんな大袈裟な、中毒者のような表現をしなくても……と思ったが。その表情が真剣だったので、私は何も言えなかった。